第93話 先陣を切った涼介と後塵を拝したルシア
登校途中、うちの制服を着た女性が妙にボロボロな様子で歩いていた。彷徨っている、という表現の方がしっくりくるだろうか。本来なら、天使の輪ができていそうな黒髪はぼさぼさで、ほほもどこかこけてるような。
「……あのう。どうか、いたしましたか?」
「一つお聞きしたいのですが、キオルトへはどう行けばいいのでしょうか?」
ここがキオルトです。そう言うと少女は、花が咲いたようにぱっと微笑んだ。
「ようやく。ようやく、着きましたか。同じ制服を着ているようですが、これから学院へ?」
よっぽど道に迷っていたらしく、私の手をつかんで、ぶんぶん振ってきた。涙ぐんでるし、一体何者なんだろう。
「そうですよ。一緒に行きましょうか?」
「はい、ご親切にどうも。お礼と言ってはなんですが、カマクーラ土産です。賞味期限内ですので良かったらどうぞ」
折角の好意だからありがたくいただくけど、紅葉饅頭ってフィロスィーマのお土産品じゃないかな。
彼女と雑談しながら学院が近づくと、ちょっとした騒ぎが起きている。何だと早足で向かうと、礼志君ぐらいの10歳の男の子が涼介と互角に戦っていた。一体、何があったの?
「お早う、ヴィクトリアさん」
「お早う、優一君。何あれ?」
彼によると、いきなりあの男の子が襲いかかってきたそうだ。変性していないセフィラを殺せば楽になるとか言ってたから、フィオナの手の者だろうとのこと。そろそろ本腰を入れてきたということでいいのかしら。でもこんなおおっぴらにやって大丈夫?
「徹君。久しぶりですね」
「ああ!?って黒川じゃんか。久しぶりついでに、こいつを何とかしてくれ!」
「あらあら。では僭越ながら黒川十萌が助太刀させていただきます。『那須与一』」
そう言うと黒川さんが弓を引き、私はヘラハンマーで彼女の脳天をごすっと叩いた。そのおかげで弓を射らせるのを防ぐことはできたけど、それよりも聞きたいことがある。那須与一は確か、源義経の部下だったはず。
「痛いです。一体、何をするんですか?」
「那須与一とか言ってたけど、あなたひょっとして源義経?」
「そうですが、それが何か?」
私は、皆鶴姫の話をしてから涙目になっている彼女にエクスカリバーを向けた。まさか、女子が女の敵として変性するとはね。
「何ですか、その悪意に満ちた解釈!?私は、皆鶴を確りと愛してましたよ?六韜三略を手にする前から彼女と付き合ってましたからね。私はあくまでも、自分のことより天下泰平を優先しただけです!慰霊碑も建てましたし、皆鶴神社の建設に尽力もしました。女の敵だなんて言いがかりですよ!!」
「皆鶴姫を忘れるために平泉で大勢の女を抱いたり、壇ノ浦で勝って京に凱旋した後100人以上の女を抱いたりしているがな」
後からやって来た久保がそう茶々を入れると、「それぐらいは、英雄色を好むってことで看過してください」ときた。
「ちなみに、静御前とくっついてからは誰とも関係を持たなかったんでしょうね?」
「静御前は側室で、本妻に川越の女というのがいるな」
「……斬る」
結局、フィーア先生が来るまで私達はこいつらと大立ち回りを続けることになった。
昼休みになり、お弁当を食べ終えてのんびりしていると、涼介がやって来た。
「ヴィクトリアさん、弓教えてもらっていいですか?俺、ヘーラクレースだから誤射する可能性あるし」
「その時、中るのは多分俺だよな。ケンタウロスだし」
優一君が、ドンマイなことにならないためにも教えた方がいいだろう。
いいよと言うと、じゃあヴィクトリアさんって長いからトリアって呼びますねと来た。
調子に乗るな。
「トリアさんで」
「了解っす」
すぐ引き下がったところを見ると、多分冗談だったんだろう。もっと軽く返せばよかったかな。私は涼介って呼んでるのに、涼介にはさん付けを要求するって、ちょっと嫌な感じだったりする?大体、同じ年だしね。でも、ヤマモトって3人いるし苗字でってわけにもいかないしなあ。
「あー、悩まなくてもいいっすよ。気楽にいきましょう」
「そう言えば、涼介兄ちゃんとヴィクトリア姉ちゃんって同じ年なんでしょ。何で涼介兄ちゃんって敬語でしゃべってるの?」
「何でって相手は貴族だし、それ以前に俺って背が高いから砕けた表現だと威圧感があるらしくてな。とは言っても、年が離れすぎると敬語使うのもばからしいんだが。癖みたいなもんだ」
「た……確かに怖いかも」
「涼介、気にしなくてもいいよ。気楽にって言ってる本人が、貴族だのなんだの言ってる方が変だから」
私がそう言うと、涼介は私の方を見て破顔一笑した。やっぱりトリアちゃんは、チャーミングだわって。
トリアちゃんって……いや、まあいいけどさ。
「高千穂。何も彼女に教わらなくても、弓道部に入ればいいだろ。お前、弓を習うふりをしてヤマモトを口説こうと思ってないか?」
「いいや、弓は真面目に習うっすよ。中途半端なことしたら嫌われるのは鉄板でしょ。それに、俺とトリアちゃんが仮にくっついたとして、久保さんになんか関係あるんすか?」
「……お前に、ヤマモトはふさわしくない。それだけだ」
なんだかなあ。こういうときは兄さんがつっこみいれてくれるとありがたいんだけど、我関せずって顔してる。むしろ義姉さんが「いいのかい?あれ」なんて言ってる始末だ。
「妹の恋愛に、干渉するわけにはいかないだろ」とか言ってるけど怪しい。理屈じゃなくて、直感的に一枚かんでる気がする。私は笑顔のまま兄さんに近づくと、ありったけ声を低くして兄さんに尋ねることにした。
「兄さん、何を企んでるの?」
「怖!?……お前のそう言うところ、母さんに似てきたな」
ルシアは出るタイミングを完全に逃しました。




