第92話 ヘラの栄光は弓を習う
夜になり、もう寝ると言う段階ではたと気づいた。一晩寝ると変性するんだよな。
頼むからまともな英雄になってくれよ、俺。
俺は一体、何をしたんだ。我が子を3人とも殺し、妻は悲しみの元に自害してしまった。何かに、狂わされていたとしか思えない。
俺はどうしていいか分からず、アポローンの神託を仰ぐことにした。その答えは『ミュケーナイ王エウリュステウスに仕え、10の勤めを果たせ』というもの。
「ならばお主に最初の仕事をやろう」
エウリュステウスが、俺に下した最初に仕事。それは、キタイローン山のライオンを退治すること。ありったけの武器を手にし、慣れない山登りの果てにそいつはいた。
剣も槍も刃こぼれするだけで、全く効いている様子はない。ええい、くそ。やけになって剣を投げつけると、初めてライオンは動きを止めた。ああ、そうか。刃が通らないなら殴ればいいのか。
俺は、棍棒を取り出すとライオンをすれ違いざまにそれで殴った。カウンターが決まったらしく、失神している。よし、そのまま寝てろ。俺は止めとばかりに、そいつの首鵜を絞めて殺すと皮をはぐことにした。
これから、どんな試練が下されるか分からん。ならば、刃を通さないこいつの皮はきっと役に立つ。俺は、ライオンの皮を鎧兜にすると山を下りた。
エウリュステウスは、無事俺が山を下りたことを知ると一瞬苦み走った顔をしたが、次の任務を下した。レルネーの沼に住むヒュドラーを退治せよと。
ヒュドラーは9つの首を持つ大きな水蛇だ。切っても切っても首が生えてくる。100は切っただろうか。疲れも出てくるというものだ。蛇はしつこいと言うだけあり、向こうは平気な顔で首を次から次へと生やして来る。
ぱちぱちぱち。火が爆ぜる音がして、見ると森が燃えていた。従者として遣わされた、イオラーオスが燃やしているのだ。彼は俺に、蛇の首を切るように言う。なるほど、そう言うことか。
俺は意を決すると、再び蛇の首を切り始めた。その切り口は森の火によって焼かれ、再生する様子はない。だが、最後の首で刀が折れた。どうやら、こいつが本体らしい。棍棒で殴ろうとするも、深くそれをかまれた以上それは使えず。俺はそいつを近くにあった石で殴り、生き埋めにした。これで解決だな。
「それは、お前ではなく従者の力だろう。無効だ」
止めを刺したのは、俺なんだが。くそ、正直に報告なんかするんじゃなかった。
だが、虚偽の報告をするのは神託に反する気もするし、ううむ。
2番目とされた任務は、アルテミスからの依頼を俺に丸投げしたもの。
曰く、傷一つつけることなくケリュネイアの鹿を生け捕れと言う。殺しちゃダメなのか、難しいな。
しかもこの鹿、狩猟の女神であるアルテミスが捕まえられなかったと言うだけあって、すばしっこいのなんの。1年間もギリシア、トラーキア、イストリア、ヒュペルボレイオスを通って徒歩で雌ジカを追い続けるはめになるとは思わなんだ。ようやく、ラードーン川で水を飲むために止まってくれたので、これは千載一遇の好機と俺はヒュドラーの毒矢を奴の足に射かけてようやく捕まえたのはいいが、アポローンとアルテミスに見つかった時は肝を冷やしたよ。これはエウリュステウスが俺に課した苦行であり、鹿が生きていることとまだ生きてることを何とか伝え、怒りを鎮めてもらうのに恐ろしく苦労した。
「もう一頭、生け捕りにしてほしいものがおる」
それはエリュマントス山に住む人を喰らう大猪。鹿で苦労してきたばかりだと言うに。
こいつ、俺が失敗するのを心待ちにしているな。
山に行く途中で立ち寄った家の主、ポロスは、師のケイローンと同じケンタウロスだからだろうか俺のことを知っており、宴を開いて歓迎してくれた。
「肉は沢山ある。焼肉にして喰らうといい」
自分は生肉を食っているが、まあ焼肉の方が好きだからいいけどな。でも、酒が欲しいな。目についた酒をもらおうとするも、それはダメだとか言い出した。
何でもこの酒は、ディオニューソスから賜ったもので自分が来るまで開けることを禁じたそうだ。
それで、これをケンタウロスの財産として貯蔵しているんだとか。
けち臭いこと言うな。こういうのは早い者勝ちなんだよ。酒のない宴ほど白けるものはないわ。
……後悔先に立たずとはよく言った。夜中のテンションでバカをやったとはいえ、まさかケンタウロス全員を敵に回す羽目になろうとは。
自分で言うのもなんだが、八面六臂。岩と楡の木で武装するケンタウロス二人を、火をつけた木で追い払い、ヒュドラーの毒矢で応戦した。ちょっとエウリュステウスのうっぷん晴らしもあったことは認めよう。ついつい楽しくなって、ケイローンのいるマレアーまで追いかけ回してしまったのだから。
その結果、ヒュドラーの毒矢をケイローンの陰に隠れてる奴らに射るつもりが、師本人に中ってしまったのだ。さすがにぼう然自失になり頭も冷めるというもの。
師は不老不死。死ぬこともできずに、ヒュドラーの毒に苦しむあえぐのみ。何とか鹿に行った解毒で抑えるも快方に向かうのは無理だと判断した師は、プロメーテウスに自分の不死を委ねて死を選んだ。
そうそう、鹿は生け捕りにした。師を殺したことで頭が冷めていたのか、冷静に対処出来たのは皮肉としか言いようがない。
「アウゲイアースの家畜小屋を掃除してくれ。一日で」
終いには雑用か。30年間掃除されたことのない家畜小屋は糞まみれであり、生半可な方法では一日では不可能だ。俺はアウゲイアースに、「小屋を1日で掃除したら家畜の十分の一を譲ってくれ」と持ちかけたところ彼はそれを受けた。その様子から見て、話がいってるわけではないらしいのが分かる。
とは言え、もちろん普通に掃除してもきりはない。そこで俺は一計を案じ、小屋の土台に穴を開けると近くを流れる二つの川の流れを小屋に流して、一日でさっぱりきれいにすることができた。出来たのだが。
「お前は、エウリュステウスの使いだそうじゃないか。それなのにどうして、我が家畜をやる必要がある。大体、そんな取り決めをした覚えはない。そうだな、ピューレウス」
「え?お父様は、一日で掃除したら家畜の1/10をヘーラクレースにやるって誓いましたよ」
「きさまら、二人して俺を貶めようと言うのか!貴様らを、この地より追放する!二度と、顔を見せるな!」
逆切れかよ。しかも、私利私欲のために、息子まで追放するとは。この恨みは、絶対に忘れない。
しかも、奴から話が行っていたらしく報酬を求めたからと無効にしやがった。畜生。
他にもステュムパーリデスと言う鳥を駆除したり、クレーテーの牡牛やディオメーデースの人喰い馬を生け捕ったりと順調に任務をこなしていったとき、アマゾンの女王に出会った。
「私との間に、子を設けてくれるなら戦いは避けましょう」
それを受けるも、アマゾネスは攻撃してきた。甘言に乗せておいて、俺を暗殺する目論見だったのか。
女王ヒッポリューテは身の潔白を叫ぶも、頭に血が上っていた俺は迷わず彼女を殴り殺してしまった。
彼女の目は、嘘をついているようには見えなかったと言うのに。
残り3つの任務をこなして自由の身になった俺は、その後も戦い続けたが一つだけミスを犯した。
再び妻を得たものの、別の女性が欲しくなったのだ。イオレーに心代わりしていた俺は、妻の心境の変化に気付くことなく、ヒュドラーの毒がしみ込んだ服を着て死ぬこととなる。
「……やっぱ浮気はダメだよな」
目が覚めると、真っ先にそう思った。いつの間にか獅子の鎧兜を着ており、手元にはヘラクレスの強弓がある。そう言えば、ヴィクトリアは弓道部だったな。弓を教わるか。学院のアルテミスと呼び声の高い彼女に弓を師事する。とっかかりとしては悪くないはずだ。意を決すると、俺は毎日の日課であるトレーニングをすることにした。
【涼介視点 了】




