第89話 百合とプール
【フィオナ視点】
「では、転校生を紹介する」
そう言ってサンジェルマン先生が呼んだのは10歳ぐらいの少年。
「くけー!!(ドストライクキター!!)」
フランソワが歓喜の声をあげて、少年に襲いかかる。懲りないやつと言うかなんというか。
彼は、一瞬動揺したものの背中から巨大なハンマーを取り出すとカウンター気味にペンギンの脳天にそれを叩きこんだ。
この感覚は神。神でハンマーと言えば恐らくは。
「ヘルメスみたいなペンギンに水を差される形となったが、彼の名はトール。武田徹だ」
北欧神話の雷神トールに間違いないわ。ほくそ笑んだその時、嫌な予感がしたのでク・ホリンにお姉さまのクラスにスパイを放つよう命じた。杞憂ならいいんだけど。
【フィオナ視点 了】
新しいクラスになって3か月。節目ということでテストが行われた。
これの結果でグループを変動させると言う。つまり、グループが変わるのは年4回ということか。
いい加減初等グループから脱却したいし、アイリーンに勉強を教わっている成果を見せたいところだ。
「グループに変動があった」
その結果、私は中等グループでイヴォンヌとはちゅが高等グループになったよ。
何でも前回のケアレスミスが悔しくて猛勉強した成果らしい。私も見習った方がいいのかなあ。
何しろ私の点数は79点。あと一点で高等グループだったんだから。
「お姉ちゃん、ここの7×7を46って書かなかったら高等グループだったんだね。凄い進歩じゃん」
「九九に自信がないときは、かけられる数を1引いてそれを足してみるといいぞ。7×7なら6×7+7=42+7だから49だ」
「ああ。ご親切にどうも」
私にそう解説してくれたのは男子用の制服を着た女の子。確か、一角獣人のルシア・ガウディって子だったと思う。慈悲のセフィラの子だ。
記憶を失って、私は勉強が苦手と言う認識が出来ないので勉強もそれなりにできるんだけど、やはり思い込みと言うのはかなリたちが悪いものらしい。九九を覚えなおした方がいいかも。
「それでさあ。ヴィクトリアだっけ?お近づきのしるしと言ったら、なんだけどさ。俺、スパリゾートティルナノーグのペアチケット持ってるんだよね。だから今度の日曜日に、一緒に遊びに行かないか?」
スパリゾートティルナノーグとは、ティルナノーグランドと同じ系列の会社が運営している温水プール施設で1年中プールに入れるのが魅力の施設だ。
「さすがに二人ではちょっと……」
同じセフィラと言っても今日初めて話す人だし、何より今の私は百合疑惑を払しょくしたいのに、彼女と二人っきりで出かけたりなんかしたらプレイガール呼ばわりされかねない。そういうのは義姉さんだけで十分だ。
「気をつけなさいよ、ヴィクトリアちゃん。ルシアちゃんは、男の子だから」
はい?私にそんな奇怪なことを言ったのは、美のセフィラと言うのが実にしっくりする豹人の女の子、ミナモ・チャヴェスちゃん。
「女の子って……ルシアちゃん、胸あるじゃない?」
「性同一性障害」
あ。そういうこと……ってそれ本当!?
「俺は、自分の体が女の体だって言うことに違和感があるだけだよ。俺、何で男の体じゃないのかなあって。大体、慈悲って王座に座った王の姿であらわされるはずだろ。女王じゃなくて」
「それが性同一性障害というものだよ、ルシア君」
どうやら本当らしい。体は女の子で、心は男の子か。ふびんだと思うけど、デートはしないよ?
「折角だしセフィラ10人で行かない?私、数日間ボードゲームしかしてなかったから気晴らししたいのよ」
監禁されてる間、イヴォンヌはアジトにいる子供たちとチェスやらバックギャモンやらモノポリーやらで遊んではいたけど、体を動かしたいんだと言う。
「監禁って言うだけあってトイレにまで付いてこられたしね」
「個室の中まで?」
「ばか!扉の外までよ。窓は鉄格子がはめられてたから出られなかったの!」
通風口から抜け出すことも考えたけど抜けられる保証はなかったから大人しくしていたんだとか。
「まあ、この前の日曜日のことで父さんを絞ればチケット10人分は確保できるかもね。ルシアがペアチケット持ってるなら12人で行こうじゃないか。もっくんも行くだろ?」
「お前を野放しにするほど、俺は優しくないからな」
「予想通りの返しをありがとう」
【ク・ホリン視点】
「というわけだ」
スパイに送ったマッハの報告を姫様に説明すると、彼女は頭に血が上らせた。
同じクラスの女が、アーサー王をデートに誘ったと言うのが気にくわないらしい。
性同一性障害とは厄介だが、どの道デートは断られたみたいだしいいじゃねえか。
「私達もいきますよ!スパリゾートティルナノーグへ!!」
思った通りの反応が返ってきた。
「お姉ちゃん。僕と同じ魔王の力を授かったヒトなんだよね?」
「君も着いて来るの!」
「……は?」
「お姉さまとくっつくのは私!性同一性障害の女でもなければ眼鏡でもないわ!」
「いや、お姉ちゃん。僕の話を……」
「い・い・で・す・よ・ね」
「……はい」
姫様のあまりの迫力に飲まれたようだな。
坊主、悪いことは言わないから暴走してる姫様に逆らうな。
俺は、坊主に抱きつこうとしているペンギンを踏んで押さえながらため息を吐いた。
【ク・ホリン視点 了】




