第88話 昔の名前は黒歴史
今回はステファニー視点です。
さすがに、今回はやばかったわ。
とは言え、成層圏突き抜けて月に叩きつけられても生きてるんだから、サンジェルマンのギャグキャラ最強説って言うのも侮れないけど頷きたくはないわね。
私は今、魔王フィオナに呼ばれて彼女の教室で作戦会議に参加している。
ヴィクトリアはアーサー王。久保君は素戔嗚尊。カーミラはゼウス。モイセスは孫悟空。
しかも、もう一人英雄に変性したものがいるらしい。
対する私達はと言えば魔王フィオナとク・ホリンとディルムッド・オディナ。
それに私ことランスロッドか。
「カーミラならフィオナの脱ぎたてパンツをエサに協力を仰げるんじゃないの?」
「そんなことはとっくに分かっていますし、実際試しました」
そうなんだ。結果はと言うと、パンツはもらうけど軍門には下らないとどこぞのバスケットマンみたいなことを言われたそうだ。
あの女の煩悩は私の予想の斜め上を行っていたらしい。
「人員が、明らかに足りません。私達で誰かを落とすか、それともマーリンに救援を要請するかです」
適当なヒトを変性させても、アタランテとかオルフェウスみたいな使えない英雄が出てくる可能性もあると言う。
アタランテは、求婚されてからかけっこ勝負をして勝たなければ相手を殺せないし、オルフェウスに至っては竪琴を弾くだけだしね。
ていうか、私をこんな目に遭わせたサンジェルマンは何をしてるのよ。
「くけー」
聞き慣れない声がして下を見ると、そこにはペンギンがいた。首の辺りに銀色の首輪を思わせるラインがはいっているのは珍しいなと思うけど、何でこんな珍獣が学院にいるのかしら。
「あなた、ヘルメス?」
「くけー」
フィオナの通訳によると、ヘルメスは学院に編入したのを機に礼志君にアタックしてペンギンにさせられたらしい。あんな子供にアタックとか、ありえないわね。ん?まさか。
「こいつって、ひょっとしてあの時の生首?」
私が、ディルムッドの手によって入院する羽目になった大元の原因がこのペンギンってこと?
それなら、こいつにギャグキャラになる呪いを押しつければ私ってば自由の身じゃない。
「その通りですが、今更あなたが私達と袂を分かつ権利はありませんよ?」
微笑んでるけど目が笑ってないわね、この魔王。何か背筋に寒いものが走ったし、逆らわない方がいいか。
「くけー!」
彼女は、どうやら魔王の力でペンギンから人間に戻してほしいようだけどフィオナは黙って缶の紅茶をぐいっと飲み干した。
「私に何のメリットもないから、嫌です」
私も、サンジェルマンを通してこいつの苦労話を聞いているからかばう気にもならない。
ジル・ド・レイが子供を大量に虐殺したのは、こいつが絡んでると言う話も聞いたことがあるし。
「ジル・ド・レイが殺した子供の苦しみに比べれば、ペンギンでいるぐらいどうってことないでしょ。フランソワ・プレラーティさん」
1300人も子供を虐殺した男の共犯者にかける情けはないわ。
「くけー」
「ジル・ド・レイは少年を殺すことに性的興奮を覚えていただけで、私は後付けの理由を与えたに過ぎません。だそうですよ」
このペンギンの本名はヘルメス・トリスメギストスと言って、当時自らの性的欲望を満たすために子供を殺していたジル・ド・レイに恋をしたそうだ。彼女は、女性の身では近づけないと名前と性別を偽り、彼に悪魔を召喚して賢者の石を手に入れれば、聖女・ジャンヌ・ダルクを蘇らせることができると甘言を吐いて近づいたらしい。
でも、ジル・ド・レイが欲していたのは子供を殺す理由であり、実験の成功を望んでいないことを知った彼女はあえて失敗し続けたのだとか。なにしろ、ジャンヌダルクを復活させることが成功しては、子供を殺す理由がなくなるかららしい。
なんて、胸糞悪い逸話なんだろう。
私はペンギンの頭に踵を叩きこむと、ぐりぐりとそのまま足で踏みにじった。
「く、くけ~」
「気持ちは分かりますが、動物を虐待するのは感心しませんね。どっち道、何百年も前の話を蒸し返しても仕方がないでしょう?」
他人を、何百年も前の英雄に変性させている魔王がそれを言うか。でも、確かにすぎた過去は戻らないことには違いはないのよね。そうだ、いいことを思いついた。私は首から下げるタイプのプラカードを作ると、『私の名前はフランソワ・プレラーティです。』と書いてペンギンの首から下げた。
「これで良し。ヘルメスに変性する者が現れないとも限らないから、あんたはこれからその名前を名乗りなさい」
「くけー!?」
「ああ、それはいいですね。では、改めてよろしくお願いしますねフランソワ」
「ま。仮名とはいえ、実際自分で名乗ってた名前なんだし。いいんじゃねえの?」
「これで、本物のヘルメスが現れても混同せずに済みますな」
皆に受け入れられてよかったわね。
フランソワは、あれも私にとっては黒歴史なんですけど、とか言って凹んでるらしいけど知らないわよ。
フランソワを除く皆でひとしきり笑った後で、はたと本題を思い出した。
何の打開策も出ていないじゃないの。皆で顔をそろえてため息を吐くと、始業のチャイムが鳴った。
「全員席につけ!ステファニーもさっさと教室に戻るがいい」
そう言って教壇に立ったのはサンジェルマン。
え?フィーアとか言う女といい、こいつといい、学院の教師って誰にでも出来るの?
「たわけ!悠久の歳月を生きてきたから、たわむれに教員免許を取っておったにすぎんわ。始業のチャイムは鳴っておるんだぞ。さっさと自分の教室に戻らんか」
はいはい。不老不死で暇だから、なんとなく教員免許取ったのが実を結んだわけね。
私は教室を出ると、すぐ英雄を感知した。
「お姉ちゃんは、僕の敵かな?」
フランソワがお熱を上げてる子ぐらいの齢の子だ。
「あなたがサンジェルマンの手の者なら、私は味方よ」
私は、ラウンドオブナイツだ。その私が戦慄する以上、こいつは神クラスと考えていいだろう。
一応、対策は取っていたのねサンジェルマン。
「……では、転校生を紹介する。入って来なさい」
そいつは「そっか。じゃあね、お姉ちゃん」と言って、教室に入って行った。
おっと、私も教室に戻らないと。




