第86話 神様って俺のこと嫌いなのかなあ by礼志
私と久保はお化け屋敷の中を歩いているはずなんだけど、何か妙だ。
お化けらしきものは一切出てこないし、何より同じような風景が延々と続いている。
まるで、同じ場所をぐるぐるとまわっている様な気がしてならない。
セーマンドーマンセーマンドーマン……。
「何!?この、気色悪い声」
「体が動かん」
え?私は、そんなことはないんだけど。
久保の方を振り向くと、ひげを生やしたおじさんに日本刀で切り捨てられていた。
「かはっ!?」
英雄に変性したはずの久保が、あっさり切り倒されるということはこいつも英雄か。
久保は、鞘に入ったままの刀を杖代わりにしてようやく立ち上がる始末。一体何者?
「それは正しく天叢雲剣。御仁は素戔嗚尊か日本武尊かね」
「武神である俺を切りつけるとは……何者だ」
「俺は女連れの男には無類の力を発揮するタイプでな」
そんな嫉妬深い英雄なんているの?
半ばあきれた目でこいつを見ていると「アップルザハートブレイク!」と聞き覚えのある声がして、私の心臓にボウガンの矢が刺さった。
「ヴィルヘルム・テル。それが私の英雄名だから、狙った心臓は必ず射抜くのよ」
なんで……なんでイヴォンヌが私にボウガンを撃ったの。
「それはあなたを覚醒させるためですよ。アーサー王」
三人目は初めて会う人だけど、私はこいつを知っている。マーリン・アンブロジウスだ。
「そこの隣にいる者は、神の分け御霊でしょう。ならば、彼と接吻なさい。そこであなたは、完全体となるでしょう。さもなければ、あなたは死ぬことになる」
「マーリン……あなたは一体」
「何だと!?俺はそんなことは聞いてないぞ!!彼女の父親がそれを知ったらどうするつもりだ!!」
久保を切りつけた男はそう言って激高したところを見ると嫉妬ではないようだ。
彼は一体何者なんだろう。
「父親……陰陽師……まさか、あなたは貴悦法眼か」
「ほう。俺を知っているか」
久保によると、貴悦法眼とは牛若丸に剣術を教えた天狗の名前であり、京八流の祖にして剣術の神とされている人物だと言う。
牛若丸は師である彼の所蔵する六韜三略という兵法書を見せてほしいと頼み込むもそれは叶わず、彼は師の娘・皆鶴姫に目を付けた。
牛若丸は彼女をたぶらかし、その兵法書を手にすると最早用済みとばかりに彼女の元を去ってしまう。
それを知った貴悦法眼は怒りに怒り、数人の供をつけて彼女を小舟に乗せて海へと流した。そして、流れ着いた先は現在のクェセンヌマシティー。
牛若丸の行方を求め彼がいると言うフィライズミへ向かうも、山を越え谷を越えついには力尽き、志半ばにして自害したそうだ。
「遮那王などに心奪われることがなければあのような非業な死など迎えなかったであろうに。憎きは遮那王なり!」
ちなみに遮那王って言うのは、牛若丸の別名なんだとか。
取りあえず、誰かが義経に変性したらしばき倒そうと思う。明らかに女の敵だわ。
「娘を海に流す方もどうかと思うけどね」
「やかましい!」
貴悦法眼はそう言うと、私に刺さったままのボウガンの矢を引き抜いた。
私の心臓から噴水のように血液が吹き放たれる。
「素戔嗚尊!彼女に接吻を!さもなくば死にますぞ!!」
「くっ!?」
意識が遠のく中、久保の顔が近づいてくるのが分かる。
緊急事態だ。許せ。
その言葉を最後に私の意識はドロップアウトした。
【翔視点】
彼女にキスをすると、血が止まり傷がみるみる消えていく。こういうのを見ると自分はただの獣人ではなくなったんだなと言う思いが広がる。
「これでフェイズシフトが進みますね」
イヴォンヌは、いつからスパイを始めた?いや、彼女はセフィラだ。魔王側にいたら、それは成り立たないはず。冷静になれ、翔。そもそも、こいつは本当にイヴォンヌか?
「イヴォンヌ。お前は誰だ」
「イヴォンヌ・カスタニエ。それ以上でも、それ以下でもないわ」
「嘘だな。君が本物のイヴォンヌなら、ヤマモトを撃てない。何故なら、君とヤマモトは愛し合っているのだから!!」
「えゑ!?」
「お姉さまを愛していいのは、私だけです!」
イヴォンヌは妙に動揺しており、いつからいたのか魔王フィオナが乱入してきた。
「恋敵死すべし」
そう言うと、フィオナはイヴォンヌに人差し指を向けた。
「ごへっ!?」
フィンの一撃ならぬフィオナの一撃でイヴォンヌは吹き飛び、その姿はいつぞやの生首へと姿を変えた。
しかも人間と同じ姿ときている。
「ヘルメス・トリスメギストス」
ああ。そう言えば、そんな名前だったな。
彼女によると、この前ここのチケットを渡したのは彼女らしい。
本物は監禁してはいるものの丁重に匿っているとか。
「それにしても、礼志がいる教室でよく演技ができたものだ」
「礼志?誰」
「ヘルメスの魂は魔王の力に浸して変性してあるからな」
「ならば、酒を振る舞おう」
俺は天羽々斬を抜き出すと、彼らに向けて一振りした。すると、莫大な量の酒が奔流となって彼らを飲み込み、お化け屋敷の外まで流されたようだ。
八岐大蛇討伐を起源とした能力のため、一日八回しか使えないがそれだけあれば十分な量だ。
結局彼らはべろんべろんに酔った上に、血まみれのヤマモトを見た彼女のご両親が三人をタコ殴りにし、あまりの無双っぷりに騎士団が止めに入るという一幕で幕を閉じたのだった。
当初、俺に殺意が向かったときはどうしたものかと思ったが、フィオナの説明で事なきを得るとはな。
魔王に感謝する日が来るとは思わなかったよ。
ヤマモトは病院で輸血をして回復。
三人は騎士団に病院に連れて行かれ、けがが回復次第逮捕されると言う。
で、本物のイヴォンヌはと言えば。
「ロン!四暗刻。ドラ2ね」
「イヴォンヌ。助けに来たんだが」
「あー、ごめん。今いいとこだから、ちょっと待ってて」
奴らのアジトで麻雀してた。何やってんだよ、お前。




