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Lapis philosophorum   作者: 愛す珈琲
第七章 overwrite personality
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第81話 飛んで火にいるクランの猛犬

【カーミラ視点】


「トリア、どうしたんだろうね」


「何か戸惑っている表情だったな。だが自分で対処法に気づいてるんだから問題ないんじゃないか」


「だといいんだけど」


トリアは決闘の後しばらく片ひざをついてぼう然自失と言った表情をしていたが私に不自然な敬語を使って考古学研究所に行くと告げたのだ。一体あの子はどうしたんだろう。

帰るか。というもっくんの言葉に頷き、二人で肩を並べて帰る途中ぽつぽつと雨が降りだしてきた。

やばっ!?今日傘持ってないよ。


「これでもないよりはましか」


そう言ってもっくんはカバンから折り畳み傘を取り出しそれを開くと私を抱き寄せて歩き出す。


「嫌なら突き飛ばしてくれていい」


「あんた以外の奴にやられたらとっくに突き飛ばしてるさ」


小さい折り畳み傘に入らなければいけないためかなり密着してる。

男とこんな風にして歩く日が来るんだと初音たちと旅をしてた頃の私に言ったらなんて言われるかねえ。

ありえない。そう言って笑われるのが落ちか。それとも遠い目でうらやましがられるか。


「あたしさ、ここ数年鈴奈の顔を忘れて来てるんだ」


もっくんは何も言わない。ただ黙って耳を傾けている。楽しかったからねえ。特にトリアが生まれてからは。

あんなに激情を持って大勢の人間を灰にして一人の獣人に一生消えない恨みと恐怖を植え付けたのにあたしの中からあの事件は確実に薄れて来てる。


「忘れることは悪いことじゃない。大事なのは未来あしたに向かって進むことだ」


そうだね。あたしもそう思うよ。


「もっくんはフォルテの記憶を受け継ぐ覚悟をした。なのにあたしは何もしないなんて流石に勝手が良すぎるんじゃないかと思う」


だから決めた。あたしは一歩踏み出す。もっくんが男という生物になったのもいい頃合いだろう。

もっくんが相手だからそう決心したのかもしれないけどね。


「だからさ、もっくん。一緒にお風呂入ろうか」


顔を赤くしちゃって。可愛いねえ。


【カーミラ視点 了】


脳に異常はありませんわ。それが明日香さんの診断。MRIという脳を3Dで撮影する装置を使って調べたらしい。原理の説明もされたが私にはさっぱりだ。


「にしても陽翔君の血が息子にも受け継がれているとは……解剖したいですわね」


やめてください。


「まあいいですわ。自分の記憶が自分のものとして認識できないということですけれど今は経過を見るべきでしょうね。話を聞く限りでは薬品と電気のショックで記憶の認識に障害が出たと考えるのが自然です。このままかそれとも時間とともに治っていくかは現時点では分かりませんがあなたは日常の生活を続けるべきでしょう。ショック療法と言うのはいろんな人との会話や出会いによって引き起こされるものだしあなたの周りにいる連中は決して退屈しない連中ばかりですからね」


そうですね。少なくとも私の記憶はそう言っている。


「家まで送りますわ。家族には一応説明しておかないといけませんから」


【アイリーン視点】


明日香によるとトリアは自身の記憶が自分のものとして認識出来ない状態らしい。

道理で今日の勉強ははかどったわけだ。

勉強が苦手と言う記憶があってもそれが自己の認識としてとらえられないのならば障害にはなりえない。

トリアはバカだが頭が悪いわけじゃないから今回のことを機にもう少し詰め込んでみるのもいいかもしれないわね。

ダメだ。焦るな私。勉強が実は面白いということをしっかりと肝に銘じさせないと。急いては事をし損じる。

明日は漢字の成り立ちと橋を設計する際に必要な三角関数と方程式について教えることにしよう。


【アイリーン視点 了】


翌朝、義姉さんが英雄に変性していた。歩きにくそうにしてる割に昨日のステファニーやクランの猛犬と対峙してるような感覚を彼女から感じる。意を決して登校途中に道すがらそれを聞いてみると。


「モイセスにその気はなかったらしいけど結果的にそうなったってことさ」


そう言って義姉さんは苦笑した。兄さんは父さんの封印されていた力を受け継いだことと何か影響してるんだろうか。

これ以上は想像に任せるよ。そう言って義姉さんは早足で駆けると前を歩いているイヴォンヌにしがみ付いた。


「お早うイヴォンヌ。お早うついでに揉んどくかあ」


「きゃあ!?」


「やめい!」


すぐさま兄さんにハリセンでつっこまれている所もいつも通りなんだけど一体何があったのかしら。


「お姉ちゃんお早う。それとごめんなさい」


そう言ってきたのは礼志君だ。


「いいよ。悪気があってしたわけじゃないし」


「お詫びと言ったらなんだけどクッキー焼いてきたんだ。食べる?」


礼志君?誰が何で保健室に運ばれたか忘れたの?でも事の始まりは礼志君の薬品料理なんだし礼志君のクッキーを食べればショック療法で治る可能性もあるのよね。

しばらく考えて私は要らないという結論を出した。余計悪化する可能性だってあるんだ。


「そんなもの犬にでも食べさせてあげなさい」


「おいアーサー王。今聞き捨てならねえこと言わなかったか」


噂をすれば影が差す。魔王の犬、ク・ホリンが姿を現した。


「えーと。食べます?」


「目下の人間との食事は断れねえ。ありがたく頂戴するぜ」


食うんだ。ク・ホリンは箱を開けて中のクッキーを食べると一瞬で卒倒した。

英雄でもころりと倒れる代物なのね。やっぱり。


「礼志君。悪いこと言わないからうちに引っ越しなさい。部屋なら空いてるから。あなたはもう絶対料理作っちゃダメ」


「はあい」


素直な子は好きよ。私は礼志君の頭をなでると校門をくぐった。


【ク・ホリン視点】


「……アーサー王。いつか必ず殺す」


目下の人間からの食事は断れない誓いゲッシュがある以上俺はこれを全部食わなきゃいけないんだぞ。


「美味しいのにね。このクッキー」


「あの殺人クッキーを平気で食える奴がいる……だと!?」


そう言って殺人クッキーを平気で食べてるのはウェアパンダの女。


「あんたは俺の恩人だ。名前は何という?」


「時雨沢優華。あなたは?」


「ク・ホリンだ」


そう。とだけ言い残し殺人クッキーを全て食べ尽くした優華は何も言わず去って行った。

世の中って広いんだな。あれを平気で食える奴がいるとは。


【ク・ホリン視点 了】

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