第77話 ヴィクトリアはアーサー王
【サンジェルマン視点】
魔王の姫君は帰って来るなり妙にご機嫌だった。
「面白くなってきたわ」
「面白い?何がだ」
ヘルメスはまた神聖波動の直撃を受けたらしくかなり質量が減っていたので1/10サイズにした。
生首はさすがに悪趣味だからやめにしたものの新しい楯を作った方がいいのかもしれない。
道具に愛着を持つ主義だからむやみに捨てるのは嫌いなんだが性格というか性癖に難がありすぎる。
こいつが変な助言さえしなければジル・ド・レイもあんな奇行に走らなかっただろうに。
「私。ヴィクトリア先輩にキスをしたの」
「ほう」
魔王であるフィオナには魂を変性させる力がある。クー・フーリンもディルムッドもこいつがキスをすることで作り変えられた。言うならば造られた英雄ということだ。
魂が神話の器に合ったと言う分かるような分からないような理屈で彼らを選んだらしいが確かにセフィラの魂を変性させれば魔王を打ち倒すセフィロトの樹を構築できる可能性は減るな。
「ヴィクトリア・フォン・ヤマモトは我らの同胞となるということか」
「どうでしょう。私は先輩の魂に干渉しだけです。敵になるか、味方になるか。どの道私にとって損はありませんから」
「神話の英雄になった者が敵にまわっても損がないとはどういうことだ」
「かしずかれても刃を向けられてもあの麗しい瞳に私が映ることに変わりがありませんもの」
分からん。お前はあの者を英雄に変性させるために口づけをかわしたんじゃないのか。
それにこいつがヴィクトリアのことを語るときの表情は恋する少女のそれなのも気にかかる。
「……ヴィクトリアちゃんのことが好きなの?」
「ええ、そうです。意志の強そうな瞳。美しい剣をほうふつとさせるしゃんとした背筋。そして鈴を転がしたような美しい声。ふふ。一目ぼれって本当にあるのね。味方だろうが敵だろうが私は先輩を愛してみせる」
「中身は残念かも知れんぞ」
「だとしても英雄に変性した以上最低と言わしめる程にはならないはず」
そう言う意図もあったのか。実に面白いなこの女は。
「それよりサンジェルマン様。私はいつになったら標準サイズにしてもらえるんですか?」
「戻さなきゃダメか?」
「当たり前ですよ!早くしないとレージ君のとうが立っちゃうじゃないですか」
全くこいつは反省と言う言葉を知らん。
「……ふざけたことばっかり言ってると目玉ヘルメスに造り変えるぞ」
「な!?それを言うなら目玉のヘルメスでしょう!!大体あんな姿にするぐらいならいっそ殺して下さい!!」
「目玉ヘルメスで合ってる!目玉のヘルメスでは目玉の一部にヘルメスと言う器官があるみたいではないか!」
「日本文化詳しいんですね。お二人さんって」
ニフォン皇国のエンターテインメントが面白いんだから仕方がないだろう。
【サンジェルマン視点 了】
兄は馬上試合であるにも係わらず剣を忘れてしまったそうだ。それを取りに宿へと戻る途中、寺院の前に剣が刺さった石が目に入った。
これでいいか。私はその剣の柄を手に取ってそれを引き抜くと兄の元へと駆け寄った。
「兄上!これを……」
「待つのだアーサー。その剣をどこから持ってきた?」
父は険しい顔で剣を見ている。確かにこれは兄の剣ではないが……。
「寺の前に刺さっていたものです。石に突きたてられてはいましたが強度は申し分ないかと」
「やはりか。……アーサー様、あなたは本当の私の子ではないのです」
私の本当の父はウーゼル王。全イングランドの父だと言う。私は王に即位することになった。
魔法使いマーリンを軍師に置き、聖剣エクスカリバーを振るい、鞘を肌身離さす戦場を駆る。
従えるは円卓の騎士。私の矛となり楯となり、敵と戦い共に聖杯を探し求めた歴戦の勇者たちだ。
だがそのうちの一人にして忠臣だったはずのランスロットの裏切りに合い、妻を奪取されてしまう。
不貞の罪を雪ぐため妻を火刑に処そうとするも、それを救い他の忠臣を切り殺されては私も大軍を差し向けるしかない。
そして2度目の裏切りは息子のモードレッド。城の防衛を任せていたはずが反乱を起こしたのだ。
「王よ。和睦を申し入れランスロッドの援軍を反乱軍に差し向けるべきです」
ランスロッドとの戦いで討ち死にしたガウェインが夢枕に立ったのは神のお告げかも知れない。
だが時すでに遅し、和睦はならず戦いは激化するばかり。私を守る鞘はとうになく傷は明らかに致命傷であることを告げている。
「誰か!誰かある!」
「は!ペディヴィアがこれに!」
「エクスカリバーを……我が剣を……湖に投げよ」
ペディヴィアが湖に剣が投げ込むと水中から腕が現れて剣を受け止め、三度振ってから、再び、剣と共に水中へと沈んでいった。
私はペディヴィアとともに水辺に降りていくと、そこに一そうの舟があり、その中には3人の貴婦人がいるのが分かる。
その貴婦人のひとりは私の姉、モーガン。彼女は私の頭を自分のひざに乗せながら嘆く。
「弟よ、何故私の所に来なかったのですか?頭の傷がすっかり冷えてしまっているではありませんか」
「すみません姉上。ペディヴィア、私はアヴァロンへ傷を癒しに行く」
ずい分と懐かしい夢を見た。だがそれがただの夢でないことは私の体がヴィクトリア・フォン・ヤマモトと言う少女になっていることで把握できる。私はアーサー・ペンドラゴン。ブリテンを治める王だ。だがこの少女の記憶もまた我が心にある。
どうしてこんなことになったのか。あの娘とのキスが私に何か変化をもたらしたと考えるのが自然だろう。
そんなバカなとも思うがそれ以外の理由が思い出せないのもまた事実。
私はため息を吐くと朝の準備を整え登校することにした。
「お早う。お父様、お母様」
「お早うトリア。あら?どうして目が赤いの?」
確かにヴィクトリアと言う少女の目は私に変性する前は黒だったな。さて、何と言おうか。
そう考えながら食事をしているとその場にいる全員が声をそろえた。
『誰だお前!?』
何故ばれたし。




