第75話 後輩は魔王
2年生になり、新入生が入ってきた矢先のこと。私の下足箱に一通の手紙が入っていた。
表書きはヴィクトリア・フォン・ヤマモト様とある。間違って入れたものじゃない。
中には妙に達筆な字で放課後、屋上に来てほしいと書かれている。差出人の名前はないけどこれって……。
「……果たし状?」
「だからお前はバカなのだあ!」
イヴォンヌ?あんたどこのマスターよ。てか覗くな。
「どう見てもラブレターでしょこれは?差出人は書いてないようね」
「屋上かあ」
一体誰が待っているんだろう。そんなことを考えているうちに放課後となり、屋上に上がるとそこには一人の女の子が立っていた。
ブレザーのタイの色を見ると新入生のようだけど何の獣人だろう?一番近いのはビーバーだろうか。
「初めまして。ヴィクトリア・フォン・ヤマモト先輩」
「あなた。誰?」
「私はフィオナ・マックール。今年この学院に入学しました」
スカートをつまむようにして礼をする様は西洋の貴婦人を思わせる。
用件は何?そう口を開く前に彼女は言った。
「あなたに一目ぼれしたんです」
思考が一瞬停止したんですけど。女の子……だよねえ?
戸惑う私をよそにフィオナさんは私の肩をつかむと私の唇を自分の唇に押し当てた。
親愛と言うよりは挨拶と言ったような気軽さで。
「あなたを振り向かせてみせる。必ず」
そう言って笑みを浮かべるとフィオナは立ち去った。
【カーミラ視点】
「カーミラ・フォン・ヤマモトだな」
「誰だい?あんた」
モイセスと二人で帰路に着く途中、一人の人間の男がそう話しかけてきた。
髪は百本の宝石の糸で飾られ、胸には百個の金のブローチを付けた美しい男。
だが私を襲う胸騒ぎは恋慕などではもちろんなく、蛇ににらまれた蛙のそれだ。
「ドイヒューランドで俺の偽物を倒したのはあんたか?」
「本物には及ばない金メッキだったからねえ。さすがにオリジナルに喧嘩を売る趣味はないよ」
オリジナルかどうかはわからない。だがこの圧倒的な存在感はあんなでくの坊をはるかに凌駕している。
実際あたしは背中に嫌な汗をかいているんだ。
「あの人形にはちょいとしたルーン魔法がかけてあってな。あれを倒した者の居場所を俺に知らせてくれるのさ」
それはうかつだったねえ。だが聞かなきゃいけないことがある。
「まさか。サンジェルマンとやらの敵討ちのためにこの学院に?」
するとクー・フーリンは一笑に付した。生きている者のために敵討ちなど酔狂すぎると。
生きていたか。G並みにしぶといな。
「もう少し鍛錬を積みな。さもなきゃ死ぬぜ」
それは次に魔王が復活した時に邪魔をするってことだろう。
クー・フーリンは私の顔すれすれに槍を突き出した。そこにあった髪がはらはらと散り、頬からは一筋の血が流れる。
全くもって見えなかった。あたしを屠ることは容易い。そう言外に告げられているのだ。
「じゃあな、カーミラ・フォン・ヤマモト」
【カーミラ視点 了/礼志視点】
「うふふふふ……見つけたわ。もうすぐとうがたってしまうようね。その前にぺろぺろと舐め……しゃぶり取ってあげる」
何をだよ。確かに僕の誕生日は2か月先だ。くそっ。何で顔だけになって現れるんだよ。
股間蹴れないじゃないか。
「10歳児をぶ!?」
僕に飛びかかろうとしたその時、そいつは思いっきり頭を踏んづけられた。
「こいつもホムンクルスなのかしら?飛頭蛮?」
「ステファニーさん!僕のところにそいつを蹴ってください」
ステファニーと呼ばれた人がはちゅに向かって頭だけの変態を蹴飛ばすと彼女は「神聖波動砲」と口から神聖波動を放ち的中させた。
この女の人って確かはちゅの耳をわしづかんだ人だよね。
「?よく分からないけどいじめはダメよ」
何でだろう。お前が言うなって言わなきゃいけない気がする。
「ステファニー。そいつは10歳以下の男の子にセクハラする逆カーミラだ!」
そう声を上げたのは翔君だ。
「なるほどね。私これでも子供好きだから子供を怯えさせる奴って腹が立つのよ」
「あれまあ。多勢に無勢ですか」
そう言ってにやりと笑う顔を持ち上げたのは妙にかっこいい男の人だった。
「ずい分来るのが遅かったじゃないですか。ディルムッド」
「俺はお前の従者じゃないがまあいい」
「ディルムッド……ディルムッド・オディナか」
翔さんはこの人が誰か知ってるのかあからさまに動揺している。
「ほう。俺を知っている者がいたか。それよりもバカが迷惑をかけたな」
そう言ってディルムッドと呼ばれた騎士が首を持って悠々と去っていく。
「何よあんた。急に出て来て偉そうに……ルビーボール!」
「よせっ!?彼は……」
ディルムッドは空いてる片方の手で槍をとり、風圧で火の玉を消すと石突でステファニーのみぞおちを殴り飛ばし、彼女は壁に叩きつけられた。
彼は一べつすることなくその場を立ち去ると辺りには妙な空気が漂っていくのが分かる。
「翔さん。あの騎士さんと知り合いですか」
「名を知っているだけだ。ディルムッド・オディナ。ケルト神話に登場する悲劇の騎士だよ」
妖精につけられた女性を魅了するホクロのせいで主君の3番目の妻になるはずの女性に恋慕を抱かせてしまい追われる身となるも最終的には許され、だがそのしこりのせいで主君に見殺しにされた騎士。
彼がその姫と逃避行する間にもさまざまなモンスターと戦いながら姫を守ってきた騎士の名を名乗る者に無益な真似をするのは控えたかったそうだ。
「僕、来来月まであの変態にどう対処すれば……orz」
「精進あるのみじゃないか?特に波動柔術にな」
頭が痛い。
【礼志視点 了】




