第74話 猫に生のイカを与えてはいけません
【サンジェルマン視点】
「助けてくれたことに礼を言うぞ。フィオナ・マックール」
私の目の前にいるのはウェアアーヴァンクの少女とそれを守るように立つ二人の騎士。
スフォットランドに封印されていた魔王ケムダーの魔力を抽出し少しずつウェアビーバーの少女に定着させた結果、彼女は生まれつき悪かった足が常人よりも健脚となり、その代償と言わんばかりにウェアアーヴァンクと化し、彼女はヒトでありながら魔王として覚醒した。
「あなたのお陰で私は自分の足で歩けるようになったんです。そのくらいは当然でしょう」
「マーリンがいなければ思いもつかないやり方だったがね」
マーリン・アンブロジウスが封印されている幻影城を探し出して彼を解放した甲斐があったというもの。
「しかし偽物とは言え俺の人形をあっさりと破るとは……面白い連中だな」
二人の騎士はクー・フーリンと魔王の力でホクロを取られたディルムッド・オディナだ。
「サンジェルマン様あ。何で私は頭だけなんですかあ」
「仕方なかろう。お前の肉体の4/5が消滅してたんだからな。ゆっくりしていろ」
「こいつは……ゆっくりヘルメスとでも名付けるか?」
「……せめて名前そのものを変えてほしいんですが」
確かにあやつらの言う通りヘルメス・トリスメギストスという名前は厨二病の様だがこいつは私に会う前はただの奴隷だったから元々の名前は数字だったのだ。
さすがにこいつを数字で呼ぶ気にはなれんし何より奴隷だった過去を忘れさせるためヘルメス文書の写本を東ローマ帝国中に広めてからかい倒した苦労が水の泡になる。新しい名前を付けるべきだろう。
私はニフォン皇国にある珍妙な名前リストを取り出すと彼女に提示することにした。
「苗字は七篠でいいとして名前は美神・神皇・汝神の3つのうち好きなのを選ぶとよい」
「どれも嫌です!!それ以前に苗字はななしで決定なんですか!?」
「それ以前に何故ニフォン人名なのだ?」
クー・フーリンの疑問に俺は苦笑で返した。大した意味がないからだ。
時間に猶予がないわけではないしゆっくりヘルメスの新しい名前は気長に決めていくことにしよう。
【サンジェルマン視点 了】
「おかえり」
「た、ただいま」
家に帰った私を出迎えたのは20cmぐらいの大きさの私だった。
これ何?事情を把握しようと近くにいたメイドに聞くと奥様が作ったホムンクルスですとのこと。
お母様って錬金術の心得とかあったんだ。
「うふふふふ。驚いた?久々にホムンクルスを作ったらこんなに小っちゃいのが……久々に小っちゃいトリアが……」
お母さん。そんなに私に身長抜かれたのショックだったの?マーボーナスで気が晴れたんじゃなかったの?
そう聞くとお母様はorzな感じであからさまに落ち込んだ。
「マテオに抜かれた……同じ栗鼠人なのに」
「お母様!?イカはやめてよ!?」
マテオが嫌いなのはイカ。でもお父様は猫人だからか食卓に上がったことはまずない。
「今日はイカの醤油煮込みよ」
「お母様。お父様は猫人なのにイカ?」
「ちゃんと煮れば大丈夫だって知ったのよ。生はアウトだけどね」
夕食のメニューを知ったマテオは砂になっていた。なんて言うか通過儀礼になってるなあ。
私はラファエラに好き嫌いを今から治すことを勧めたが「無理。かぼちゃ嫌い」とのこと。
お母様の身長超す日は覚悟しておいた方がいいよ。
「……マーボーナス出された時の姉ちゃんってこんな気分だったんだな」
分かればよろしい。
涙目のマテオをふびんに思いつつも何とか夕食を済ませ食後の紅茶を飲んでいるとふと私のちっちゃいホムンクルスが目に入った。
「そう言えばこの子なんて言う名前なの?」
「ミニトリアよ」
「お前は相変わらずネーミングセンスが直球だな」
お父様は呆れた声を出すのも分かる。何しろ私の名前、ヴィクトリアはキオルト襲撃するアイリーンに勝つためにその意気込みとしてお母様がつけたらしい。
マテオはお父様がラファエラはお母様が付けたそうだ。アイリーンはその当時は悪い人だからペンギンにしていたと聞いたときは微妙だったけどアイリーンは私にとっては…………厳しい家庭教師だし。
「じゃあオルテガならどんな名前を付けるの?言っておくけどトリアツヴァイは却下よ」
「お前じゃあるまいしそんな芸のないことするか。そうだな、ヴィクトリアのヴィクを取ってヴィークっていうのはどうだ」
「「いいなそれ」」
「「それはない」」
兄さんとマテオは賛成。お母様と義姉さんは反対。そして視線は一気に私へ集中する。
「トリアのホムンクルスなんだからトリアが名前を付けるのが道理だねえ」
正直ヴィークもミニトリアもやだ。となると自分でつける必要があるだろう。
「ヴィオラでどう?私の名前に近いし同じ名前のお花もあるし」
「俺は楽器のイメージだがいいんじゃないか」
「……私。ヴィオラ」
ヴィオラも気に入ってくれたようだ。




