第73話 渡る世間にろくでなし
「さて。捕まえたのはいいけど……」
ここで手詰まりになってしまった。裁判にかけようにも物的証拠は一切ない。
証拠があるとしたら生き残った神獣人の子供たちぐらいだけど彼らの証言能力が認められるかどうかは微妙なところよね。
「こいつらにとって懲役なんて瞬きをする程度の時間だ。死刑すらこいつらには意味がないだろうさ」
「うふふ……10歳児い!」
不意を突かれ、ヘルメスが礼志君に一直線に向かっていく。
「うわあ!!」
礼志君は無我夢中でやったのだろう。槍状に伸びた神聖波動がヘルメスを貫くと無数の棘となって全身を内側から貫いて消えた。
「かはっ」
「ばく……じゃない神聖彗星脚!」
「へぶう!?」
ヘルメスはきりもみ回転しながら吹き飛び、貯水池に落ちた。
「ぶほっ!?」
「灰燼に帰すがいい!!」
水面に上がってきたヘルメスと言う名の変態に兄さんが神聖波動で作った巨大ハンマーを叩きつけた。
何だろう。どこかの漁師さんが俺のセリフとか言ったような気がするけど気のせいだよね。
うん。気のせい。
さしもの変態もこれには堪えたらしく大人しく底へと沈んでいった。
「さて、サンジェルマン。何故魔王を復活させたのか吐け。さもなきゃお前も魚のエサにするぞ」
「世界を再生するためだ」
魔王で世界を破壊し神を召喚する。それが彼の言うアードルフ計画。
それは世界の再生を意味する。神の力を使えば獣人や神獣人を人間に戻すことも死者の蘇生も可能になるとのこと。
それは……凄いわね。
「例えば沼竜姫。非業の死を遂げた竜を再び生き返らせたいとは思わないか?ミスアインシュテルン」
サンジェルマンはただひたすらに義姉さんを見ていた。
「私と組まないかミスアインシュテルン。会いたかろう?積年の思い竜に」
義姉さんはずっと下を向いていた。顔を上げることなくサンジェルマンに手を差し伸べるとそのまま胸ぐらをつかんだ。
「あんたは二つばかり思い違いをしてる」
「何!?」
義姉さんは全身に神聖波動をこめそのままサンジェルマンを片腕で頭上に持ち上げた。
「先ず一つ。私はミセス、既婚者さ。そしてもう一つ。沼竜姫は……鈴奈は、誰かを犠牲にして生き返ることを決して良しとしない!!」
義姉さんはそのままサンジェルマンを貯水池へと投げ捨てると指を銃のようにして構え、収束した神聖波動を拳銃の弾の様に旋回させて放つと彼の眉間に的中。痛覚はないだろうが衝撃までは押しつけることができなかったらしくそのまま沈んでいく。
「だからそんなことをすれば鈴奈は私をきっと赦さないだろうね。それは断言できる」
そう言って義姉さんはひどく寂しそうに笑った。
【カーミラ視点】
あたしは汚れた礼志の服を貯水池で水洗いしながら昔のことを思い出していた。
「あたしはどれだけ親しい者の死を見続けていくんだろうね」
フォルテⅡが寿命で死んだときあたしは泣いた。あいつは元々死んだ猫に魂をこめてホムンクルスにしたものだから長くはもたないことは知っていたけどその死を目の当たりにするのはさすがに堪えたんだろう。
あたしは鳳凰人。寿命以外では死なないそれも気の遠くなるような長い歳月を生きる種族だ。
だからあたしは大勢の親しい人間の死を看取ることになる。それは想像したくもない程悲しい未来。
「なら俺と一緒になるか」
「あんた男だろ」
「確かに。何で人体模型って女はないんだろうなあ。でもさ、俺はあくまで模型だから男でも女でも大差ないぞ。何しろ俺は子供が作れないんだから俺と結婚しても自分の子供の死を看取る破目には……いや、違うな。お前の男嫌いは沼竜姫事件が発端か」
「ああそうさ。男なんて……私の話を聞いてくれない。自分の都合で勝手に手を挙げていつも自分勝手で……」
「父さんやアーサー。それにエルにも同じことが言えるか?」
あたしはその言葉に沈黙するしかなかった。あいつらはあたしをないがしろになんかしない。
3人とも呆れてこそいるがいつもあたしと一緒に笑ってくれる。あたしに手を上げるのはいつもあたしが暴走しているときだけで……。
「男だろうが女だろうがろくでなしはいるさ」
そうだねえ。何しろあたしがそのろくでなしの女だ。
「もっくん。あたしは不束なんて言葉すらおこがましいあばずれさ。結婚したってその辺の女の子にセクハラするし男嫌いを治す努力なんかするつもりもない」
それで良ければあたしを妻にして下さい。
そう言ってあたしは頭を下げた。オルテガやバムア、それどころかヴィクトリアやマテオの死も私が看取るんだろう。でもそばで手を握ってくれる人がいればあたしはきっと耐えられる。
「セクハラは力ずくで止めるが、よろしくな」
モイセスと笑い合う。これがあたしたちにとっての夫婦生活なんだろうねえ。
【カーミラ視点 了】
礼志君が貯水池で体を洗い、義姉さんが作った新しい服に着替えさせたら女装男子が出来上がった。
服は乾かす必要があるから新しく作ったそうだ。相変わらず器用な。
でも女の子の格好が似合わない所を見ると男の子なんだなあって改めて思う。
「う……何で女の子の服なのさ」
「私が男の服を作れるとでも思っているのかい?」
「そりゃあ……でもせめてキュロットとか」
「キュロットは邪道さね!めくれないじゃないかあ!!スカートはめくるためにあるんだよ!?」
義姉さん、絶対違う。その証拠に兄さんに「んなわけあるかあ!」とハリセンでつっこまれてるし。
礼志君もひいてるなあ。ん?と言うか怯えてる。
「礼志君。怖い?」
「う……ヘルメスが僕を見る目を思い出して」
私は礼志君を抱きしめた。優しく包み込むように。
「怖い?」
「暖かい……それにいい匂いがする」
「女の子は怖くないよ。男にも女にも変態はいる。変態にあったらね……股間蹴っちゃえ」
礼志君から体を離し、視線を合わせてウインクすると礼志君はようやく笑顔を見せてくれた。




