第63話 ブルギット最期の良心
「ステファニー。あなたは私には勝てないわ。絶対に!」
私は彼女にそう宣言した。
「魔王となった私に勝利宣言?恐怖で頭がおかしくなったのかしら?」
「魔王じゃなくて私とあなたの問題よ。私がもしこの場であなたにくびり殺されたとしても私の勝利は揺るがない。だってあなたは獣人であることを捨てたんだもの。ヒトであることを捨てて魔王の血肉を受け入れなきゃ私には勝てないとあなたは宣言したのよ。身をもってね」
私は託された人形をステファニーの眼前に突き付ける。私が彼女を説得する方法はただ一つ。彼女のプライドを踏みにじって挑発することだけだ。
「ヴィクトリアあああ!!」
ダメか。
【カーミラ視点】
「無様だねえ。ブルギット」
「鬼子。俺を挑発するにしては静かな語り口だな」
悪いけど私はあんたを挑発する気はないよ。私はただ聞きたいことがあるだけさね。
「ブルギット。あんたにとってロベルトは何なんだい?」
そんななりじゃもうあの子は抱けないだろ。
「さてな。お前に告げる言葉など既にない」
ああ。そうかい。
「ロベルトはとある騎士が保護観察者として就くことになった。あんた、この人形に戻らないとあの子の父親はその騎士になるよ」
「上等だ」
ブルギットはは剛腕を振るい私に殴りかかった。
【カーミラ視点 了/第2皇太子視点】
「近くニフォン皇国は立憲君主制を執ることになる。皇室は君臨すれども統治せず、国家の象徴として存在することになるんだ。天皇の権力は議会に移譲する。天皇になっても権限を得ることはできないんだ。これに……」
「そんなものはどうでもいいのです」
弟、正道はそう言った。自分は権力欲しさに天皇になろうとしているわけではないと。
「では何故天皇と言う職を希う?天皇と言う存在は決して軽薄なものではないんだぞ」
「私は女に生まれたかったんです。姫としてならば皇室に貢献する嫁ぎ先へ行くことも出来たでしょう。ですが私は男です。それも3番目の。兄さんは実道兄さんが何らかの理由で逝去したら天皇になれます。では私はどうでしょう。天皇家にとって私は要らない人間ではないですか」
「そんなことはない。立場的にそうであったとしても私達はお前を不要だとは思わない」
正道は苦笑した。兄たちが優しいのは解っている。だからこそ私は暗殺など出来なかったと。
「正道。天皇家のためを思うのならばお前はこの人形に入らなければならない。正当に裁かれるために。臣民を恐れさせ腐肉で危害を及ぼした者たちの心を収めるためにもだ」
【第2皇太子視点 了】
どごおおおん!!!けたたましい轟音がして見ると魔王の腕が一本吹き飛び、また生えている。
要塞のような車両が大砲で義姉さんを殴ろうとした魔王の腕を吹き飛ばしたのだ。
「どうも。考古学研究所の者ですわ。この子は我が研究所が開発した自走式砲台、ティーゲルと申します」
「魔王の腕を破壊できる兵器を民間会社が持つなあ!!」
「もちろんご要望があれば騎士団に販売致しますわ。これの破壊力はご覧いただけた通り」
商魂たくましいなあ、明日香さん。
「……ようやく……ようやく私は……受け入れられたのに……」
ああ、そうだった。ステファニーが本当に求めていたのは。
「小娘。まさか僕たちがお前を受け入れているとでも思っているのではあるまいな」
「ああ。それは思い違いもいいところですね。あなたの魔力は魅力的ですがあなた自身に興味はありません」
「……」
あ。すごいしょんぼりしてる。
ステファニーって実子が生まれた途端用済み扱いされたらしいしこういうのが一番辛いだろうな。
するとステファニーの顔は崩れ、6本あった腕が4本に変化した。
「ヴィクトリア……あんただけは……赦さない」
人形が重い。でっかいデッサン人形のようなそれはどんどんステファニーの形をとっていく。
二人の言葉を聞いて絶望したのか人形に移ったようだ。
魔王の顔はブルギットと言う男の顔だけになり、腕も2本になっていた。もっとも下半身はないけれど。……え?
「正道第3皇太子殿下。あなたを国家反逆罪の容疑で逮捕します」
「分かりました。ですがあの少女を捕まえるなどと言う愚行はしないでしょうね?あれは我らが野望のために利用したにすぎません」
「……承知しました」
だが連行される様子はない。魔王が暴れていることに変わりはないからだ。
「天上に王冠、天下に王国を配し、知恵と理解を手に、慈悲と峻厳を両立し、美しき勝利と栄光を我が手に、基礎たる知識を暁に変えんことを。願わくば悪しきものを打ち払う大いなる槌として。爆裂神木撃!!」
滞空していた御厨さんの周囲にセフィロトの樹が展開され、虹色の閃光が魔王に直撃した。
爆裂波動でダイアモンドメルトを再現したのだろう。
光が消えた先にいたのは獣人サイズのブルギットただ一人。
だが砂で作った像のように崩れ落ちていくのが見える。
「ロベルト……息子よ……」
ブルギットの視界の先には礼志君がいた。その時点でもう視覚も正確に機能してはいないのだろう。
それでもゆっくりとブルギットは礼志君に向かって歩いて行く。
ロベルトと背格好が似ている礼志君をロベルトと間違っていることはその場にいる全員が解っていたが誰もそれを否定することなく2人を見守っている。
「ロベルト……すまなかった。僕はお前に1つ嘘をついた。お前は僕が造ったオルテガのクローンだ。母はいない。僕は私怨のためにお前に嘘を吐き続けたんだ。怖かった、あの日のことが。今でも夢に見る。村のすべてを焼かれたあの光景を。村の皆が悪いことは解っていた。それでもカーミラを恨まなければ僕は恐怖に押しつぶされていた。こんな情けない男のことは忘れて幸せに生きてくれ。ロベルト」
礼志君は御厨さんに何かを耳打ちされ頷くと口を開いた。
「父ちゃんはいつまでたっても俺の父ちゃんだ」
ブルギットはそれを聞きとれたのかは解らない。彼は微笑むと黒い灰になって消え、サッカーボール大の黒曜石が残った。
まさかこれはデザイアストーン。
それはふわりと宙に浮くと赤く光りどこからか飛んできた肉がそれを包むように集結していく。
「いかん!爆裂波動を!!」
騎士団が爆裂波動を浴びせるもそれはどんどん肥大化していくばかり。
「まさか。爆裂波動に順応したのか!?」
「……行かなくちゃ」
私の口からそんな言葉が漏れた。全身の力が抜け、意識はあっという間に白に支配されていく。
「ヴィクトリア!!」
何故だろう。お父様の声が下から聞こえるのは。




