第61話 そう言えばトリアにほうじ茶を飲ませたことないわ byバムア
【オルテガ視点】
俺だとついつい甘やかしてしまうので家庭教師役をアイリーンに任せた翌日のこと。
Dr北条から通信が入ったとメイドから連絡を受けて通信機のところに行くと画面に映っている彼の表情は懐かしい顔に会うというそれではなかった。用件はただ事ではないということだろう。
「アクゼリュスの柱が破壊されたことを確認した」
「何だと!?」
Dr北条が瞬間的な魔力爆発を感知し、スィンジュ・クーに行くとビルの森が火で包まれており、当の柱は崩れ、変形した鎧や下半身のない兵士の死体が転がっていたと言う。
セスナの中ですら瘴気を感じたから恐らくは魔王の肉はほとんど零れたのだろうと言うことだ。
「希望的観測も混じってはいるがね」
「魔王復活か。にしては前ほどの空気振動を感じなかったが」
「それ込みで希望的観測だよ」
そう言えば7つの大罪の体現者のうち魔王の腹に残ったのは3人だったな。
ならば魔王の復活も不完全になるか。
「そこで君から騎士団にアクゼリュスの件を伝えてほしい。よそ者の私より貴族である君の言葉の方が信頼されやすいだろう」
「了解した」
Dr北条が俺にうそを言って騙したところで何の益もないだろう。
とは言え万一ガセだった場合は俺の信頼に係わるからな。
友人からの情報と言うぐらいにした方がよさそうだ。
【オルテガ視点 了/騎士団長視点】
ヤマモト卿から魔王が復活したかも知れないという報告が入った時はまさかと思ったがスィンジュ・クーへの緊急通信がつながらない上に複数の地方都市から化け物が飛行しながら瘴気を放つ腐肉を落としているという通信を受け陛下に報告することにした。
「魔王は真っ先に首都を襲うと文献にある。狙うとしたらここキオルトだろう」
「だとすると魔王の肉のほとんどはキオルトに……」
「そうならないためにもここに来る前に叩き落とす必要がある。ヤマモト卿を我が下へ呼ぶのだ。下がってよいぞ」
「はっ!」
キオルト襲撃事件のとき空飛ぶエビルジュールを掃討した虹色の光線はヤマモト家から放たれていた。
確かにあれならば魔王にも効果があるはず。否、あってもらわねば困る。
私は陛下に一礼するとその場を辞した。
【騎士隊長視点 了】
「というわけで魔王退治に来た」
そう言ったのは不老不死の魔女、フィーア。
今は途方もなく長生きな人たちであふれている幻想郷に住んでいるため孤独を味わうこともなく、死を渇望することは最早ないと言う話だけど……。
「ようこそ。諸悪の根源」
このくらい言ってもばちは当たらないでしょう。
こいつが魔王復活を考える前に幻想郷に行っていれば起きなかった事件なんだから。
「悪かったよ。だからアフターケアに来たんじゃないか。ちゃんと切り札も連れて来たから」
「久しぶり。トリアお姉ちゃん」
それは御厨さんの息子さんの礼志君だった。
「うん。久しぶり……ってあなたが殴って殺しかけた相手が切り札?」
「……ちょっと泣いてきていいか?」
すると礼志君は私にまあまあとなだめてきた。
もう過ぎたことだしフィーアも涙目になって反省してるから別にいいけどずい分すっきりしてるわね、礼志君。
「もう苦情は嫌と言うほど味わったから赦してくれ」
「俺も言いたいこと言ってすっきりしたから赦すことにした」
さいですか。
立ち話も何なので家にあげ紅茶を出すと礼志君は困った顔をした。
「俺、ほうじ茶苦手」
ほうじ茶?なんだか聞いたことのないお茶ね。じゃなくてこれは紅茶だから。
しかも茶葉から入れたダージリンの夏摘み。
「紅茶だよこれは。香りが違うだろ……ダージリンのサマーフラッシュか。とりあえず歓迎してくれてありがとう」
「被害者本人が赦すと言ってる以上客人として歓迎するわよ」
礼志君が紅茶を飲んだ感想は「まあ。飲める」らしい。味についてはノーコメントだしミルクや砂糖をいっぱい入れてたから紅茶はあまり口に合わないようだ。
お父様みたいなコーヒー飲みは紅茶の味が解らないらしいけどこの子の場合は子供舌なだけかもね。
でもジュースはちょうど切らしてたしなあ。
「そんなことより獣人が魔王を倒すことは可能なのかい?」
「カーミラ・フォン・ヤマモト。あなたは私を恨んでないのか?」
「思うところがないわけじゃないけど結果的には帰ってこられたし魔王の件も勝算があるから来たんだろ?」
フィーアは義姉さんの言葉に深く頷いた。
「礼志君にホムンクルスの作り方を教えてあげてほしい」
何でも礼志君には『不可能を可能にする程度の能力』があるらしい。
実際に義姉さん達をさらったのも魔王にこの能力を引き出してもらった賜物だと彼女は言う。
「つまり3人の魂を人形の中に入れるってこと?」
「そうだ。今の魔王は3人の魂を増幅して核にしているにすぎん。その核を引きずり出してしまえば肉体は瓦解するだろう。実際に腐肉はこちらに来るまでにぼとぼと落としているようだしね」
魔王は現れた当初は20mほどだったがその肉はボロボロ崩れ落ちているそうだ。八意永琳という幻想郷の天才とフィーアが計算したところキオルトに着くころには13mぐらいになっているだろうとのこと。
「13m。私の身長が161cmだから……」
私はメモ帳で1300÷161を筆算した。出た答えはおよそ8。
「私の8人分の腐肉がキオルトに降り注ぐってことよね」
するとその場にいた全員がため息をついた。
「……お姉ちゃんってバカなんだね」
そんな目で見ないでよ。私何か間違えた?
「お嬢ちゃん。君は立方体だよ。高さと幅と厚みがあるだろう?つまりキオルトに降り注ぐ魔王の腐肉は君の8の3乗倍。512人分だ」
すみません。ちょっと泣いてきていいですか。




