第5話 獣人が生まれたわけ
黒騎士はしばらく沈黙した後で口を開いた。
「デザイアストーンは魔王が世界に足を踏み入れるための導き手だとしてもか」
「お兄様。それはどういうことですか?」
「人違いだと言っている」
あくまで黒騎士は彼女の兄を名乗る気はないようだ。
「ですがそのお顔も声も私の記憶通りのお兄様のものです」
「お前の知っている東雲成龍は死んだ。俺は彼の忘れ形見に過ぎない」
「そうか。お前の名前はしげるというのか」
「・・・」
黒騎士もとい東雲成龍は沈黙すると俺達の方へ向き直る。
「デザイアストーンは魔王が世界に足を踏み入れるための導き手だとしてもか」
仕切り直しやがったよ、こいつ。
初音はため息をつくと彼に神魔戦争叙事詩が再び起こるとでも言うのかと問い質した。
実際問題下手に突っ込んでもこじれるだけで話が進まなさそうだからな。
「その可能性はある。何しろ俺は十魔王の一角であるアクゼリュスが封印されている柱から瘴気が漏れ出しているのを確認しているからな」
神魔戦争。
文字通り神と悪魔の戦争で世界に獣人が現れる原因にもなったもので神の軍勢と悪魔の軍勢の余波は文明社会を破壊し、聖気と瘴気が充満する世界になったそうだ。
核兵器は全て塩の塊と化し、文明の利器は神と悪魔の魔法の前で無残に砕け散ったらしい。
戦い自体は神が勝利し魔王は体を10個の肉片に切り取られ、各地に封印されたのだが戦車砲もミサイルも利かない相手に人間が敵うわけもなく絶滅の一途を辿りかけたという。
そこで現れたのは聖気や瘴気を吸った獣達だった。
濃厚な魔力を吸収し、人間並みの知能を持った獣達が双方の同意の下あるいは無理矢理人間との間に子をなし、魔法の力で遺伝子を操作し、獣人となることで人間という遺伝子は部分的に残存することが出来たらしい。
もちろんエルのように純粋な人間種も存在しているが極めてレアで人間種を殺害すると獣人を殺害するよりも重罰に処せられるのはよくある話だと初音が教えてくれた。
「神と悪魔のケンカに巻き込まれた人間は文明社会を失いその代わりに魔法社会を作り上げたのよ」
てことはこの世界は神だの魔王だのが現れなければ文明社会を気付いていたって事か。
何か嫌な予感がする。
「ねえ。あなた達旅人よね」
「まあ一応」
「私も一緒に連れて行ってくれませんか?この町にはもういられないでしょうし」
確かにな。特に女子からは総スカンされる可能性が高い。
兄が帰ってきたのならこの屋敷も管理できるだろうとのこと。
「ほとぼりを冷ますためにも旅に出たほうがいい。俺からも頼む」
ひょっとしなくても成龍は妹を助けて俺達にこの町から連れ出して欲しくてここへ飛ばしたんだろうなあ。
「だったらあなたが連れ回せばいいじゃない。デザイアストーンを壊しながら」
「そうはいかん。デザイアストーンを取り出せるのは魂にセフィロトの樹を宿すものだけだ。そこにいる猫君のようにな」
何でそれを知ってるんだあんた。
「神魔戦争時ならともかく比較的に神気や瘴気が薄まった今、ただの猫が喋れるわけがないからな」
「む?そうなのか」
エルはてっきり人間と交配できる獣だと思っていたらしい。まあそういう背景があるならそう思うよなあ。
「別に一緒に来る分にはいいけど君の欲望はなんだったんだ」
デザイアストーンは人間の欲望が瘴気と絡み合って結晶化したものだ。
彼女の欲望が何かによっては決着をつけなくてはならないだろう。
「解りません。欲望以前に私は一人でしたから」
気配遮断スキルを制御できなかった頃は誰にも気付いてもらえず一人で遊んでいたらしい。
つーかそれじゃね。
こいつ自身獣になる前に言ってたじゃねえか。
ようやく現れたのね、私を見つけられた人が。それなら一緒に遊びましょ。って。
お前は自分を見つけてくれる奴を欲していたんだ。
「・・・そうだったんですね。私はただ遊んでくれる人が欲しかったんだ」
「なんか丸く収まりそうなんだけど結局ただ働き?」
「そうは言ってもそこにいる猫君は海の水と同じ量の黄金を手にしている。俺が渡せる報酬などこれくらいだな」
本当詳しいね、お前。それより成龍がくれたのは一片の紙切れ。
それは日本地図だった。ニフォン皇国地図と記してあるのはひょっとして・・・。
「これはこのニフォン皇国の地図だ。ここが俺達がいる町、ウズノミアシティだな。これを君達に報酬として授けよう」
成龍が指差すのは正しく栃木県の辺り。
ここは地球・・・なのか?
この世界では地図は貴重品です。
それと東雲明日香が初音達と旅をすることになりました。




