第53話 天網恢恢疎にして漏らさず
先に謝っておきます。東京の人すみません<(_ _)>
このぐらいのことがないと首都は変えないと思うので。
私を刺した男の子はロベルトと言ってお父様の体毛から作られたクローン・ホムンクルスらしい。
ブルギットっていう人がお父様に捨てられた女の子供だとあの子に嘘をつき続け、お父様に憎しみを持つよう教育されたとか。
なんでもその人は義姉さんとアイリーンを匿っているヤマモト家を目の敵にしてるそうだけど。
あー。解んない。その理由がすずなネットワークができる原因になった沼竜姫事件までさかのぼらなきゃいけないとか義姉さん何歳よ。
「トリアの家を襲ったリライト団のアーロンって人はトーキオを復興させようとしてたみたいね」
イヴォンヌ。これ以上わけのわからない話題を振らないで。
「トーキオというと神魔戦争叙事詩に登場する死の都か」
久保、女子の会話に入ってくるな。
【ブルギット視点】
予定通りヘリコプターとやらに乗せられて着いた先は死の都だった。神魔戦争で世界中の首都が攻撃されるまでここはニフォン皇国の都だったそうだ。
ビルと呼ばれるセメントの森の中を進むと目的の男がそこにいた。
「ようこそブルギット・ザルート。沼竜姫事件の生き残り」
「ふん。第3皇太子がこんな寂れたところにいるわけは何だ」
リライト団と何か関係があるのか。
「朕はトーキオを復興させたいのです」
正気か?この近くにあるスィンジュ・クーにはアクゼリュスが封印されている柱があるんだぞ。
第一この地は天皇家により封鎖されている。あのヘリコプターとやらでしか入ることはできん。
「そのためにはアクゼリュスの封印を解かなければなりません」
十魔王の一角を解放しようというのか。俺の手や背中に脂汗がにじむのが解る。
切れ端とは言え一つの都市を壊滅させる存在など獣人の理解の外だ。
「アクゼリュスを解放するためには大量の怨念が必要となります。そのためにリライト団に動いてもらっています。アクゼリュスを解放し騎士団をこちらに向かわせている隙にエビルジュールの軍勢をキオルトに差し向ければこちらの勝ちは決定でしょう。でもその際、障害になるのはヤマモト家と学院なんです」
キオルト襲撃事件でヤマモト家から放たれる虹色の光で滞空していたエビルジュールがごっそりやられたからな。その上、学院の生徒たちは地上にいたエビルジュールをごっそり狩ったときてる。
「学院を……そしてヤマモト家を壊滅させれば朕の勝利は確実。その時はトーキオを新たな首都として宣言し、朕が天皇となるのです」
朕とは天皇にのみ許された一人称だ。よほど天皇という位置につきたいらしいな。俺にはどうでもいいが。
俺は生計を立てるため漁師として働いていたが心は満たされなかった。アイリーンと修羅の道を歩んだあの充足感は日常の中にはない。
「第3皇太子……」
「朕のことは陛下と呼んでほしい」
もう既に天皇になった気でいる男に俺は内心苦笑する。
「トーキオが再び都として復興した暁にはすずなネットワークの名を変えさせてくれないか?」
「いいでしょう。名前ぐらいは好きにして下さい」
これで張り合いも出るというものだ。沼竜鬼の痕跡は決して残すわけにはいかん。
あの鬼と鬼子を悲劇のヒロインとして後世まで語り継がせてたまるものか。
【ブルギット視点 了】
ウェアゴリラのアーロンが取り調べで自分たちの目的がトーキオの復興であり、本拠地はトーキオにあると白状したため騎士団は少数精鋭が向かい、近隣の騎士たちとトーキオへ向かったそうだ。
これで事態が打開してくれるといいんだけど。
放課後、道を歩いているとまたあの少年、ロベルトが現れた。隣にいる若い兎人の騎士が彼の保護観察者だろう。
私は爆裂波動を足にこめて瞬間的にロベルトの懐に入るとその勢いを殺すことなく腹パンを入れ、体がくの字に曲がったところでジャンピングアッパーカットを決めた。
どうやら私は心底この少年に腹を立てていたらしい。後者は頭が考える前に体が動いていた。取りあえず爆裂昇天撃と名付けよう。
少年は地面に大の字に転がったままピクリともしない。やば……打ち所がまずかった?。
「大丈夫。気絶しているだけだ。君はこの子に刺された少女だろう。全く無茶をする」
頭を動かさない方がいいと言うのでロベルトが目を覚ますまで騎士さんと道の傍らで休むことにした。
この騎士さんの名前は久保翼さん。今年で20歳になるらしい。子供の頃に迷子になり、見知らぬ2人の女の子が夕暮れになるまで親を探してくれたことがあってそんな優しい人になりたいと騎士になったそうだ。
「いい話ですねえ」
でも久保って苗字が気にかかる。まさか……。
「あのう」
「う……」
ロベルトが目を覚ましたようだ。まだ頭がぼんやりしているのか状況を把握していないように見える。
あ、こっち見た。
「……ヴィクトリア」
「気安くレディーの名前を呼び捨てないでくれる?」
「いきなり攻撃しかけてくるレディーなんかいねえよ!!」
それはごもっともで。




