第44話 もっくんの本音
「どんな理由があれ君が3,000人殺したという事実は変わらない」
「ああ、そうだね。もっともあんたも生体実験と称して一体どれくらいの命を奪ったことやら。要は白日の下にさらされているか否かの違いって気がするよ。私とあんたはね」
「何をバカな!」
「白を切る気かい?だったら消息不明のアイリーンとあんたは貴族のジョンケン家をどうしたか言ってもらおうじゃないか」
「ぐ」
ブルギットは一瞬言葉を詰まらせるもカーミラはそれを気にした様子もなくブルギットがジョンケン家当主をキメラに変えて野に放ち、その妻を薬漬けにして息子アトダーシの肉体改造を施して自我を奪いキオルトで暴れさせた旨を告発した。
「何故貴様がそれを……」
「私がそれを教えたからです」
証言台に立ったのはジョンケン夫人。
彼女は薬漬にされ自我が崩壊しかけていたところをDr北条が保護。
血管にエリクスィルを注入したり爆裂波動を応用した波動治療を組み合わせたりしたことで自我は大分回復したのだ。
「私の夫はこのブルギット・ザルート被告によって海竜・フタハスルフィルーとキメラにされて野に放たれ、息子も筋肉を異常に増大され自我を奪われました。アイリーンと呼ばれていた女の人がキオルトを火の海にするための砲台にするんだと告げるとこのザルート被告も確かにそれに賛同しておりました」
会場がざわめきを起こし、裁判長が木槌をたたきながら静粛にするよう求める中、初音は下を向いていた。
そのフタハスルフィルーのキメラを問答無用で屠ったのは他ならぬ初音だからだ。
ジョンケン夫人によるとそのキメラにはコミュニケーション能力がありキオルトの襲撃に成功すれば元の体に戻してやると宣告されていたらしい。
それを初めて聞いたとき初音は夫人に涙ながらに謝罪した。そのキメラを屠ったのは私です。ごめんなさいと。
だが夫人はそれを許した。あなたが仕留めてくれなかったらキオルトはジョンケン家の手で壊滅状態になったなんて事態にもなりかねなかったと。
「それより夫はキメラから獣人に戻せたでしょうか?」
答えは「No」だ。波動治療、神言、錬金術、考古学。皆のそれぞれの知識から頭を絞り出したがやり方に皆目見当がつかない。
そこでアイリーンにどうするつもりだったかもっくんを通訳において聞くと「モンブランを栗に戻せるわけがない。単なるでまかせだった」とのこと。
事情を知らない夫人にアイリーンを呪いでこのペンギンにしたことを伝えると彼女はアイリーンに体重をかけた腹パンを決めた。
お前が悪い。受け入れろ。
「夫人の前では言いにくいが筋肉の塊となった息子さんが無差別に波動を放っているのも目撃しました。エビルジュールを倒すために共闘していた私の愛しい恋人、ジークリットも今は病床の上」
証人はゲオルクに代わっていた。あまり長く話すことができないためだがお前らいつの間にくっついてたんだ?
それとも勝手に言ってるだけか?後者だとしてもこいつの場合、ジークリットに殴られるのは望み通りかもしれないが。
[Side_Siegrid]
「私とあなたがいつ恋人同士になったのよゲオルク」
ラジオから流れる裁判中継を聞きながら私は殺気立っていた。
こいつ、どうしてくれよう。
殴っても喜ぶだけだししばらく口をきかない方向で行くしかなさそうね。
外堀から埋められるなんてまっぴらごめんよ
[Side_Siegrid END]
休憩時間になり、俺とアーサーともっくんは廊下にあるソファーに腰を下ろしていた。
「見てるこっちが疲れる」
「下手すりゃ死罪だからね。どっちも気が抜けないでしょ」
「あの山猫の甲羅をひっぺがしたい」
もっくん、そんなことしたらあいつが呼吸できなくなるからやめれ。
「あのう……この裁判が終わったら皆さんお暇ですか?」
そういって3人組の女の子が話しかけてきた。終わったら帰るだけだが何だ。
「これが終わったら一緒に食事会をしませんか」
裁判所で逆ナンされるとは思わなかったよ。
もっくんは明日香が作った人口声帯を付けることで普通にしゃべられるようになり、初音が普通の猿人に見えるようにスキンスーツを新しく作ったので彼女達はもっくんが人体模型とは気づいていないようだ。
それはともかくとして……。
「悪いが俺は妻も子供もいる身だ」
「僕も彼女がいるからそういうのは……」
「僕は人体模型だから駄目です」
だが相手はひるまない。「いいじゃないですかちょっとぐらい」とか「彼女さんにばれなきゃ大丈夫ですよお」とか「人体模型ってwww」とか正直ウザくなってきたな。
俺はもっくんの髪の毛からチャックを出して下に下げ、もっくんが人体模型である顔をあらわにすると女の子達は「「「ば、化け物!?」」」と叫んで裁判所の外へと走り去った。
俺はチャックを元に戻しながらもっくんに汚れ役をやらせたことを詫びると「いえ。お役にたててよかったです」と返してくれた。
「村人も鈴奈さんに対してあんな感じだったのかなあ」
「かもな。でも、もっくん。無生物のままでよかったのか?生物ならあいつらと一緒に食事できたかも知れんぞ」
俺は猿人に魂を組み込む方向で考えていたのだがもっくん自身が人体模型の体にしてほしいと頼んだのだ。
「僕は無生物だから滅多に死なないカーミラさんの隣にいられるんです。だから僕は無生物のままでいいんですよ」
滅多に死なないというならメグミやエリカもいるだろうに。
「そうか。でもカーミラは手ごわいぞ。何しろあれが好きなのは美少女だからな」
「いえ。僕は一緒にいられればそれで」
「あはは。応援するよもっくん」
カーミラ、死罪にだけはなってくれるなよ。




