第36話 ジークリットにはああいったけど私のこれも未練なのかもねえ byカーミラ
今回はカーミラの語りが入ってるためいつもより長いです。
[Side_Siegrid]
ふふ。邪魔な明日香を追い払うことが出来たので、私はアーサーとハイキングをしている。
アーサーったら私の言葉に生返事で町外れの森の中を歩いてるけどどこに行くのかしら?
家を訪ねたらちょうど外に出たのでラッキーと思いながら一緒に横を歩いているけど何か上の空というか生返事というか。
着いた先は大きなお屋敷。ん?ここ誰の家?見たことあるような気もするけど。
「アーサー。ここ誰の家なの?」
インターホンを押すアーサーにそのことを聞くとやっとこちらを見て、
「あれ?ジークリット、いたんだ」
そう言った。いくらなんでも気付いてすらいなかったとか。
思わずアーサーの顔を殴った私はきっと悪くない筈なのにドアが開くや否や私の股間から子宮にかけて衝撃が走った。
「何で他人の家の玄関先でアーサーを殴ってるんだよ。ジークリット」
オルテガ……そうだ。ここオルテガの家だった。
「オルテガ。何であなたは事あるごとに私の股間を蹴り飛ばすのよ」
「女の顔を殴るわけにも行かないだろう。突っ立ってても暑いだけだし二人とも中に入れ」
それはそうだけど釈然としない。
[Side_Siegrid END]
この二人が何で俺の家に来たのか事情を聴くと何でも俺が初音をデートに誘った真意を聞きに来たと言う。
おいおい。俺が相手なわけないだろ。
「使用人のハルトヴィヒが初音に恋心を抱いてるらしくてな。背中を押してやったまでだ」
「あー。そう言うことか。それで納得したよ」
俺って案外信用されてないんだな。アーサーによるといつものうっかりをやらかしたと思っていたらしい。
だとしても初音は断るだろうよ。自分の行動で悲しむ人間が出来るのを何よりも嫌うタイプだろうからな、あいつは。
「あはは。そうかもね」
「で。ジークリット、お前は何で脂汗をかいているんだ?」
「いいいえ。汗なんて全くかいておりませんわ」
「「い」が一個多いし、口調が明日香になってるぞ」
「あっはっは!ジークリット。明日香をデマでアーサーから引き離してアプローチしようとしたんじゃないかい?残念だったね。肉体的な距離を離せば精神的な距離まで離れるんじゃないかなんて浅はかもいいところだよ」
「誰よ!?」
その声の主は間違いなくカーミラ。
メイド服を着てアイスコーヒーを3つトレーに乗せて持ってきたところを見るとハルトヴィヒの空いた穴を埋めさせられているんだろう。
意外と似合うな。きれいな顔立ちしてるから黙ってれば淑女にみえる……て、ジークリット。お前まだ未練があったのか?
「あなたには関係ないでしょ」
「……ちょいと、昔話をしようか」
カーミラはアイスコーヒーをアーサーとジークリットの前に置いてから俺の前にそれを置いてそう切り出した。
[Side_Carmilla]
あれは今から10年ぐらい前の話さ。とある村に大きな沼があってね。そこには水竜の女の子がいたんだよ。
名前は鈴奈。村の者達は沼竜姫なんて呼んで勝手に恐れてたけどね。
私はひょんなことから鈴奈と仲良くなって時々遊びに行ってたんだ。あの子は子供が好きだったんだけど沼に子供が落ちるのは危険だからって「出て行け」「出て行け」って脅してたんだよ。子供が逃げるのを寂しそうに見ながらね。
そんなある日、鈴奈に供物が捧げられるようになった。生贄ってやつさ。
村では日照りが続いてね。それなのに鈴奈の魔力のおかげか沼には水が絶えなかったんで若い娘を儀式と称して殺し、雨乞いをしたのさ。
鈴奈はもちろんそんなことを望んじゃいない。あの子は彼女がかわいそうだって泣いてたんだ。
だが皮肉にも雨は降った。彼女の涙が呼び起こしたのかどうかは私にも解らない。
そんなことを続けているうちにいつの間にか鈴奈が若い娘を生贄にするために雨を降らさないでいるという疑惑に変わった。
沼竜姫に歓喜の涙を流させるために若い娘を殺すわけには行かないってね。
何が歓喜の涙だ。自分たちが勝手にやったくせに。
私は何度も村人に訴えたさ。鈴奈は悪くない。沼竜姫の悲しみを知ってほしいって。
でも誰も聞いちゃくれなかったけどね。
沼の草木に火を放ち、魔術師や錬金術師によって鈴奈は殺された。
何も悪くないのにあの子は一切抵抗しなかったんだ。村の者達はただ悲しそうに俯いてる鈴奈の生首を槍で突き刺して火をたいて歓喜の雄たけびを上げたよ。これで誰も死ななくていいってね。
頭が真っ白になった。私は鈴奈に何もしてやれなかったんだ。それどころか目の前で殺されるのを黙って見ていることしか出来なかったことが悔しくて悔しくて……赦せなかった。気が付くと私は村を焼き払っていたよ。人を焼き、家畜を焼き、家を焼き。慌てて戻ってきた男達を焼き払ったのさ。錬金術師や魔術師をアイアンメイデンで全身穴だらけにもした。
鈴奈の声を聞こうともしなかったくせに!こんな村の痕跡は一かけらも残しておくものか!ってね。
そんな時、アイアンメイデンをかわした魔術師がいた。今でも憶えてる。
バトルバールを手にした兎人が空高く跳ねて満月をバックにそれを私に振り下ろしたんだ。
その兎人は私をバトルバールでめった打ちして撲殺した後、炎で私を焼いて生き返らせてから私に尋ねた。
「ごめんなさい。こうでもしないと話を聞いてくれないと思って。ひとつ聞きたいんだけど鈴奈って誰?」
私はその人に鈴奈のことを語った。少しでも彼女のことを知っていてくれる人がいればいいと。
「そう。それじゃあ、鈴奈さんは悲しんでるわね。村がこんな風になることはきっと望んでいないはずだもの」
「あ……」
そうだ。鈴奈はいつも村人を気にかけていた。こんなことはきっと望んじゃいない。
私は声を上げてわんわん泣いた。村人のためではなく、自分のせいで鈴奈を悲しませてしまったことを。
「私は……どうすれば……いいんだろうね」
「あなたはあなたらしく生きなさい。自分を見失わないように。それがきっと鈴奈さんの好きなあなたのはずだから」
その兎人とは名前を名乗りあうことなく別れた。縁があればまた会うこともあるんじゃないかってね。
数年後、その人は恐らく初音の母親らしいと解ったときには驚いたよ。
[Side_Carmilla END]
「鈴奈さんがあ……鈴奈さんがあ」
「……お前にも、色々あったんだな」
「疑心暗鬼を生ず。そう言ってしまえば簡単だけど、悲しすぎる結末だね」
カーミラの昔話を聞き、ジークリットはぼろぼろ泣いている。性根は悪くなさそうだな。たちが悪いだけで。
まあ、かくいう俺も涙腺がやばいしアーサーにいたっては涙をこらえるように上を見ている。
「ま。そんなわけで、私は私らしくセクハラにいそしんでるわけさ♪」
ありがとよカーミラ。涙がきれいに引っ込んだ。
「カーミラ。それは初音のお母さんも望んでないと思うよ」
全くだな。
「そうかもね。つまんない話しちまったがジークリット。私と鈴奈の肉体的距離はこの世とあの世に別れちまったけど精神的な距離は離れちゃいない。要するにあんたの作戦は泡沫だったってことさ」
「……あんな話を聞かされたら反論できるわけないでしょ。……帰るわ。アイスコーヒーご馳走様」
ジークリットはハンカチで目をぬぐいながら帰っていった。やれやれだ。
「初音とハルトヴィヒ。うまくいくといいね」
「一応お目付け役にフォルテⅡを追跡させたからな。報告待ちだ」
「オルテガって、抜け目ないよね」




