第33話 封印されていた記憶は愛憎の十字架
夢を見ている。7歳ぐらいの俺が見知らぬ女に殴られている夢だ。
子供の俺はその女に「やめて」と言っているがやめる様子はない。会話を聞いているとどうも俺の母親のようだ。
自分の息子を殴りながら恍こつとしている様子はあの変態を思わせる。
こいつも愛する者を痛めつけることで快楽を覚えるタイプなんだろうか。
「ふふ。オルテガ、あなたがあの人に似るからいけないのよ。私に似てくれればこの家の財産を全部手にしてあなたと彼の元へいけるのに……あの人に似たら彼の子供に出来ないじゃない!」
夫婦仲は既に冷え切っているという所か。そう言えば親父から母親の話を聞いたことがないな。
死別なら昔話をすることもあるだろうが痴情のもつれなら口にはしないだろう。
母らしき女は子供の俺の首を掴み力を込める。
「あの人の子供のままでいるくらいなら死んだほうがましよね。オルテガ」
子供の俺は苦しそうに女の左胸を掴むと手から光を発した。
波動だ。その証拠にそいつの左胸がえぐれ、肉片が辺りに散乱し、女は痛みに耐えかね絶叫し、子供を放り投げる。
「私のおっぱ……このっ、クソガキい!?」
女はナイフを取り出すと子供の俺にそれを振り下ろすと、子供は波動で剣を作り、ナイフごと女の首を切り捨てた。
そこで光景は黒に染まり、次の映像はベッドの上。
「オルテガ。お母さんに何をされた?」
若い頃の親父が子供にそう尋ねたのであったことを話すと彼は表情を歪めた。
「すまない。お前が生まれてからというもの家の金回りがよくなって俺は完全に浮かれていた」
「ご主人様。警察には賊の犯行ということに致しました」
アーデルハイトは……全く変わらないな。
「そうか。葬儀は執り行うが墓は共同墓地に入れてくれ。ヤマモト家の墓に入ることを拒んでいたのは事実だからな。それと……」
親父がアーデルハイトに頼んだのは俺の記憶の封印。でもなんで俺は記憶を取り戻したんだろう。
「あ!!良かったあ、気が付いた!」
目が覚めるとそこは学院の救護室。
ああ、そうか。俺もアーサーに追いつきたくてレベル4のアイテムの調合をして失敗したのか。
錬金釜が爆発を起こし、その衝撃でバランスを崩して頭を打ったんだった。
「もう!あせりは禁物だよ!自分のペースでゆっくり調合すること!いい?」
バムアは質問するように言っているがその口調は明らかに異議を認めないものだった。
「オルテガ」
親父もいるようだ。息子が倒れたんだから当然か。だとしたら俺には聞かなきゃいけないことがある。
「親父。俺は自分の母親を……」
「思い出したのか。…………すまないが。バムア以外の者は退室してくれないか」
初音たちが立ち去ったのを見越して親父は口を開いた。
両親はあの当時両方とも不倫していたこと。
俺は親父とアーデルハイトに波動柔術を習っていたこと。
母親に虐待され、正当防衛で彼女を殺害したこと。
そしてそれに関する一切の記憶を封印したこと。
「お前はもう成人だ。だからもう一度記憶を封印するのか、それとも記憶を消さずに罪の意識を持つか。自分で選びなさい」
答えは決まっている。俺は自分の罪から目をそらすつもりはない。
「俺はこのまま生きる。記憶の封印はやめてくれ」
子供の頃に記憶を封印してくれたことは感謝している。自分の母親を殺したなどと年端の行かない子供に耐えられるとは思えない。
だが今はちゃんと判断が出来る。俺はこの十字架を一生抱えて生きていくと。
「バムア。君はこの話を聞いてどう思った」
親父がそう尋ねるとバムアは子供がいるのに親が二人とも浮気するなんて二人とも最低だと斬り捨てた。
「そっち!?いや、そうじゃなくてだな、オルテガの判断をどう思うかなのだが?」
「ああ。それなら気にしてません。私はオルテガの判断に従います」
「そうか」
でもこの話はうちのお母さんにもしますからね?と笑顔で言うバムアとそれを聞いて凹む親父。
このやりとりを見れただけでも俺の判断に間違いはないと思える。
「親父。俺にもう一度、波動柔術を教えてくれないか。今度は誰も殺さないようにするために」
「お前は天才だったからな。錬金術師よりも向いてると思うぞ」
そう言って笑う親父の顔は誇らしげだった。
[Side_Asuka]
「由々しき事態が起きました」
講師の相葉健一先生が帰りのHRで渋い表情をしながら切り出しました。
彼が言うには映像を記録する装置と人の意識をそらす布を使い女子更衣室を盗撮した馬鹿がいるとのことですわ。
考古学部と錬金学部の生徒が手を組んで犯行を犯したか、それともその生徒達を脅して盗撮させた者がいるのか。
どっちにしろこれが明るみに出れば学院祭自体が中止になる可能性もあります。
どうすれば……。
その時一瞬思い浮かんだのはカーミラの顔。
毒をもって毒を制す。やってみる価値はありそうですわね。
[Side_Asuka END]




