第20話 健全な魂は健全な肉体には宿らない
今回もエル視点です。
目が覚めるとそこは病室だった。俺が病院の厄介になる日が来るとはな。
苦笑したときふと思い出した。左腕を海竜に喰われたことを。
体を起こすと右腕は確かに動くが左手は動かない。それどころか左ひじの先にふくらみがないのだ。
「切断したのか」
仕方がないのだろう。下手に残すと壊死する可能性がある。
医師と看護師は俺の診断をするととにかく気を落とさないようにと言い含めて去って行った。
なんでも俺のような肉体派は体に欠損が出来ると落ち込みが半端ではないらしい。
確かに左手を欠損してしまったらどうやって左腕を鍛えればいいのか解らないな。
面会時間になると涼香と涼香父それに若い男が一人入ってきた。
彼は海竜を登場させてしまったことで俺に謝りに来たんだと言う。
誰にでも失敗はある。気にするな。
「娘を助けてくれたこと。礼を言わせて欲しい。ここの医療費は全額俺達が持たせてもらう。せめてものわびだ」
「皮肉だね。こんなことになるなんて」
皮肉?何がだ?
「エルキュールさん。あんたが欲していた神言使いに対抗するための力は義腕なんだよ」
なんでも鈴奈は生まれつき両腕が不自由だったらしい。そこで幼馴染みの考古学者である北条が彼女に義腕を造ったそうだ。
その義腕に神言使いを打倒する能力が組み込まれていたと言う。
あの時家に上げたのはその2本の義腕を北条に届けて欲しかったからだそうだ。
リハビリを済ませて退院し、快気祝いを兼ねた送別会を開いてもらった1ヵ月半後俺はヨコファーマにいた。
「Dr北条」
「ほう。来たかエルキュー・・・その腕はどうしたのだ!?」
「海竜との戦いでな」
俺は北条に2本の義腕を渡し、イウアーキであったことを話すと彼は悪いが今日のところは帰ってくれと机の方を向いた。
「長旅で疲れただろう。宿屋で英気を養うといい」
「む?何か用事でもあるのか?」
「ない。だが一人にして欲しいのだ」
12号が彼に命令されたわけでもないのに扉を開けたのを見て思い出した。
北条鈴奈はメグミに似ているんだ。
そう言えば彼女は北条の幼馴染みだったな。今日のところは宿屋を探して出直すことにしよう。
翌日、北条は何もなかったかのように出迎えてくれた。
「どうしてあの時にこのことを話してくれなかったんだ?」
こんな遠回りをしなくても再会した日に事情を話してくれても良かったと思う。
「そんなものは要らん。俺にはこの筋肉があると返されそうな気がしてな」
確かに否定は出来ん。いや、むしろ言っただろう。
北条鈴奈ならそんな力に溺れた俺を一喝してくれると思ったんだそうだ。
実際北条もイーヴニットの力に溺れていた頃、夢の中で彼女に怒鳴られたんだとか。
「あれは夢枕だったのだな。健全な魂は健全な肉体には宿らない。力は驕りを生み、慢心する。解っていたはずなのにの・・・」
「・・・ドクター・・・」
北条は俺の腕をメジャーで測ると紙に何かを書いていく。
思いっきりしょげてるし何か話題を変えたほうがいいのだろうか。
「ところでDr北条。神言に対抗する力とはなんなんだ」
「星の力だよ」
天然自然に宿る力を義腕に取り込み武器化したものが神言使いを打倒したと言う。
もっとも造った本人はそこまでのパワーだとは思っていなかったらしいが。
「星とは夜空を照らすあの粒のことか?」
「違う。我々が住んでいるこの世界のことだ。この世界が星としてコマのように回転しているからこそ昼と夜があり、太陽の周りを周回してるからこそ四季があるのだ」
この世界が星?しかも回っている?どこも光ってないし回ってる感じもしないのだが。
「ぬう。サッパリ解らん」
北条はそれを聞いて苦笑した。
「安心せい。誰にもこれを理解されたことはない。むしろ近所じゃ俺は変人扱いだ。どこも光ってないし回ってないじゃないかとな」
もしフォルテが生きていてここにいたら北条の考えを「そんなバカな」と笑っただろうか。
それとも「すごいなあんた」と感心しただろうか。
それすら俺には解らない。ただ一つだけ言えることがあるとするのならまたあいつらに会いたいと言うことだ。
守るとか心配とかではなくただ会いたいんだ。会ってまたあの輪の中で笑いあっていたい。
「金は要らん。最高の義腕を造ってやろう」
「しかしそれでは・・・」
「その代わりと言ってはなんだが13号・・・確か今はメグミといったか」
「ああ」
「メグミに手紙を書くから届けて欲しい。今どこに住んでおるのかサッパリ解らん上に遠方に手紙を送ると危険手当がつくから割高になるのだ」
「解った。必ず届けよう」
メグミは多分初音達とキオルトにいるだろう。メグミ、頼むから読まずに破るなよ。




