第107話 手を出したのはかなり早いです
私がヴィクトリアのことを話すと、学院長は自嘲めいた笑みを浮かべ「そうか。アーサー王はバムアの娘か。道理でな」と呟いた。学院長によると、ヴィクトリアのお母さんとは幼馴染だったそうだ。
「好きだったの?」
「ああ。もっとも、その感情に気づいたのは彼女が結婚した後だったがね」
ヴィクトリアのお母さんとは2つ違いで、彼女を妹の様に思っていたのだとか。それなのに、学院在籍中にオルテガ卿と婚姻し、その挙式に参加することで空虚な思いを味わい、初めて彼女に恋をしていたことが分かったそうだ。
その思いから逃れるために研究にのめりこむ最中、当のモイセス卿が子供ができたことで学院を退学したことを知った時は、思わず笑いが止まらなかったのだとか。
「モイセス卿への嫉妬は、彼が子供のために凡夫に成り下がったことで消え失せたのさ」
だからこそ、あなたは凡夫にならないために家庭を捨てたというの。あなたにとって、お母さんはヴィクトリアのお母さんの代理でしかなかったと?私がそう言って、彼の胸ぐらをつかむと彼はそれを否定した。彼女をバムアと同一視したことはない。離婚はあくまで一つの結果だと彼は言う。
【イヴォンヌ視点 了/レナルド視点】
立ち話もなんだから食事でもおごりながらにしようかと提案し、最初は断られたものの彼女の腹の虫の抗議により、そうすることとなった。レストランで、適当に食事を頼むと、私は昔話を始める。
当時、考古学研究所に勤務していた私は、そこでフローレンスという女性研究員と出会った。当初、彼女には何の興味がなかったが、そのあまりの熱意に根負けしてお試しと言うことで付き合い始めたのだ。共同研究を進めていくうちに、錬金術と考古学を組み合わせた論文が皇室の品評会にて高評価を博し、錬金術学院の学院長が年齢を理由に引退をしたことで、私は学院長になった。だが、彼女は学院長の座を断り、その代りとばかりに私と結婚をすることを望んだ。イヴォンヌと言う子宝に恵まれるも、父であるはずの私は家庭より研究を選び、寝るためだけに帰る生活を繰り返した挙句、彼女に三下り半を突き付けられたのだがね。
「イヴォンヌは私が引き取ります」
「そうしてくれれば助かる。養育費は払うから、イヴォンヌが成人になるまで君は同棲も再婚しないでほしい。君の新しい男に、イヴォンヌが自分の子ではないからと虐待されるのは忍びない。私を選んだ時点で、君に男を見る目がないことは分かり切っているからな」
「あなたは、愛情があるのかないのか分からないわ。自分の娘に未練はないの!?」
「私は、生来の無痛症患者だからね。世界と言うものを、他人事としてしか捉えられないのだよ」
「そんなの言い訳だわ」
親権を巡って争うならともかく、親権を求めないことで争う羽目になるとは思わなかったよ。私は、そんな些事よりも一刻も早く研究がしたいだけなのに。私は逃げるようにニフォンを離れ、魔王の研究に着手した。そして、魔王を復活させることなく魔王の力を抽出して人類を英雄に変性する理論を組み立てたのだ。自らを実験台にして、マーリンに変性したときは思いのほか魔力を抜き出してしまい、それを消費するために幻影城を創る羽目となったのはご愛嬌というものか。
「マーリン・アンブロジウスが実在するとはな」
サンジェルマンと名乗る男とヘルメスと名乗る女は、私を幻影城から引きずり出すと自分たちに力を与えてほしいと要望してきた。私は本物のマーリンではないが、断る理由はない。私は魔王の力を引き出す方法を教え、自分も魔王の力を蓄えて世界中を渡り歩き、ニフォンでも数人の者を魔王化したりもしたな。
「あなたにとって、私はなんなの」
そこまで話すと、イヴォンヌがようやく口を開いた。
「観測された結果だ。フローレンスと恋愛をしたら、君が生まれた。それ以上でもそれ以下でもない」
バムアのことはいい思い出として心に残ってはいるし、オルテガ卿のことは最早何とも思ってはいない。そうでなくては、ヴィクトリア・フォン・ヤマモトと言う名の生徒を学院に合格させやしないさ。
「じゃあ、ヴィクトリアに怪我をさせたのはモイセス卿への当てつけではないのね」
「ヴィクトリアと言う名は知っていても顔は知らなかったから、彼女がバムアの娘と知ったのは、ついさっきのことだ。私は、素戔嗚尊の手でアーサー王が覚醒するのを見届けたかっただけだし、魔王の復活も私の知的好奇心を満たすためでしかない」
【レナルド視点 了/イヴォンヌ視点】
彼にとっては、魔王が復活しようが阻止されようがそれ自体が観測された結果なのだろう。生まれつき痛覚が欠損している彼にダメージを与えられるとしたら、他人の五感を掌握できるヴィクトリアだけなのかもしれない。だから、学院長は彼女を攻撃したのかと思っていた。でも、この人にかかれば自分の死も他人事にしてしまいそうな感じさえ受ける。
おごってもらった礼を言い、二人ですずなネットワークのターミナルへと向かいながら、私は彼に言いたいことが一つだけあることを思い出した。
「……母は、あなたの話をするとき寂しそうに笑うの。母はまだ、あなたのことを心のどこかで気にかけているんじゃないかしら」
「バカな女だ。男を見る目がないにもほどがある」
そう言って学院長が笑みを浮かべたとき、私は初めて彼を「お父さん」と呼びたくなった。
【イヴォンヌ視点 了】




