第106話 十萌は首輪を付けたまま
【ミナモ視点】
「本当に、美幸そっくりじゃのう」
私は、タクァマツ市に飛ばされていた。海に落ちなかっただけ良かったとは思うけど、お墓の近くだったのがちょっとした騒動になっている。何しろ、去年病気で亡くなった美幸さんと言う女性に私がそっくりだということで、彼女の家に厄介になっているのだ。アルバムを見せてもらったけど、自分で見てもそっくりなことに驚くやらあきれるやら。それよりも、いい加減オクァヤマ市に行ってすずなネットワークで無事だと連絡したいんだけど、ちょっとした外出はともかく遠くに行くことは許してもらえない。どうしたものかと近くの公園に入り、ベンチに座って足をパタパタさせていると向こうの方から土煙が上がってくるのが見えた。何あれ?
【ミナモ視点 了/涼介視点】
ルシアを救出したはいいが、どうやって帰ろうか。この自転車にカゴは付いてないから、3人乗りと言うのは厳しい。黒川にルシアをおんぶしてもらうか、それともルシアに黒川をおんぶしてもらうかだが……。自転車を手で押しつつ3人で歩いていると、ちょうどいい店を見つけた。
「ルシア。金はあるか」
「一応、それなりにはあるけど……」
「よし。ちょっと貸してくれ」
コスプレショップで俺が買ったのは、人間用の首輪だ。裏側がウールになっていて、肌に傷をつけない安全仕様になっている。これを黒川の首にかけてリードを自転車に固定し、ルシアを荷台に乗せて準備完了。
「黒川。右に曲がるときは言うから従えよ」
「これは、あんまりな所業ではないでしょうか」
「文句はキオルトに着いてから聞く。と言うわけで、出発!」
「おしんこー」
再び自転車をこぎ、黒川に方向の指示を出しながら小一時間ほど進んでいくとルシアが止まってほしいと言い出したので黒川に止まることを伝え、……「止まるって何ですか!?」……ブレーキを全力で握ると自転車が半回転し、黒川の体が木に直撃した。
「黒川。お前、意外とテンション高いな」
「どの口でそれを言いますか。そ・れ・を!」
「おおう!?」
黒川は目が笑っていない笑顔で、俺の手首をつかむとそれを後ろにねじりあげた。
「ギブギブ」
片腕をもがれるかと思ったよ。さすがに俺も悪いことをしたとは思うが。
「……まったく。首輪のせいでスカートの中身が確認できなかったじゃありませんか」
あ。俺、何も悪くねえわ。罪悪感が、きれいさっぱり吹き飛んだ。それより、ルシアだ。何で止まるように言ったんだと聞こうとして、やめた。ルシアの視線の先に、ミナモらしき女性がいたからだ。公園に入るために、自転車を手で押すと妙な抵抗感が。
「ヘーラクレース。リード。リード!」
あ、そうか。リードがつながったままだったな。リードをほどき、再び自転車を転がして彼女に近づくと妙な気配を感じた。反射的に顔をそらすと、それは泥球だったらしく……「んぷ!?」……後ろにいたルシアに直撃。投げたと思われる恐らくは地元の少年は、俺がそれをかわしたことを不満げに見ながらも「お前、よそ者だな。姉ちゃんに近づいてどうする気だ」と、上から目線で聞いてきた。何だ、こいつは。
「健一君」
声を聴いて確信した。こいつは、確かにミナモだ。公園の水道で顔を洗ったルシアは、ミナモを立たせると「ミナモは、私達と一緒に帰る」と少年に告げた。
「行かせねえ!」
健一という少年は俺たちの前に立ちふさがり、両手を広げて止めようとしている。どういうことだ。
ミナモによると、去年彼の姉が病気で亡くなったそうだ。そして、墓参りの最中にミナモが空から降ってきたらしい。ミナモは健一の姉に酷似しており、彼女の代わりとして生きてほしいとお願いされているとか。
はっきり言って、ふざけるな。
ミナモの人生はミナモのものだ。誰かの代わりとして生きることに、何の意味がある。
「もし仮にお前が死んだとして、お前のそっくりさんがお前として生きることを嬉しいと思うかよ」
「……それは……」
健一の横を通り抜けようとしたときがおおおんとライフルの鳴る音がした。
「そこまでだ。美幸は来月、結納を控えている。彼女を連れて行くというのなら、俺は例え捕まってもお前らを射殺する」
男はそう言って、こちらにライフルの銃口を向けながらこちらに歩いてきた。説得を試みたが、彼からすれば『美幸』が貴族に嫁入りを果たせば他のことはどうでもいいらしい。ミナモが貴族に嫁入りすれば、自分たちも貴族の血縁者となり貴族特権で逮捕を免れられると。
「(ヘーラクレース。あなた、名前は?)」
「(高千穂涼介だが?)」
「(分かった。高千穂、あいつの注意をそらして。あとは私が何とかする)」
「(了解)」
ここは、黒川にかけるか。むやみに突撃して、流れ弾がルシアやミナモに中ったら事だからな。
「作戦会議は終わったか」と言う男を前に、俺は爆弾発言を口にする。
「お前さあ、このミナモ・チャヴェスが、本当に女だとでも思っているのか?」
「何をバカな。どう見ても、女じゃないか」
俺はひとしきりその言葉を笑い飛ばすと、懐に隠し持っていた写真を取り出した。
「お前、このケンタウロスを女だと思うのか?」
男がじっとそれを見て「そいつは、どう見ても女だろう。いや、話の流れからして男か」と考え込んだその時、黒川が男の背後に飛び立った。成程、義経の八艘飛びか。
男が気付いた時には、彼女が首に当て身を打って失神させ一件落着。ゆいちゃんの写真を持っておいてよかったぜ。
「涼介君。私、女の子ですよ」
「分かってるっすよ。君は、素敵なレディーです」
【涼介視点 了/イヴォンヌ視点】
ナグオヤ市に飛ばされた私は、同じ場所に飛ばされたマーリンと対峙していた。
「どういうつもり」
「どういうつもりとは?」
決まっている。ヴィクトリアに怪我をさせ、航空機を爆破して皆を散り散りにさせたのはどういうつもりかということよ。天皇に信頼されて、学院長を務めているくせにこんな騒ぎを起こすなんて正気の沙汰じゃないわ。マーリン・アンブロジウス。いえ……。
「何考えてんのよ!この、バカ親父!!」
皇立錬金術学院学院長、レナルド・リュミエール。私の父親だった人。




