第105話 ルシア危機一髪
charactersに黒川十萌の項目を追加しました。
【涼介視点】
気が付くと、やたら暑い場所にいた。ここはどこか通りすがりの人に聞くと、オクィナウア島だという。
海に落ちなかっただけましだが、はてさてどうしたものかと頭を悩ませていると見覚えのある人間の女に出くわした。
「ヘーラクレース」
「義経か」
黒川は俺の目の前に現れると剣を抜いた。まずい。たかが一介の将に俺が負けるとは思えないが、人間の女を往来で殴ったらどんな騒ぎになるか。
「まあ、待て。戦うのはいいが……」
「ここの方が、私には都合がいいです」
向こうは、それを織り込み済みのようだ。そんなことは、想定の範囲内だがな。
「お前、俺を倒したとして無事にキオルトに帰れるのか?」
「…………ここは、一時休戦といきましょう」
分かってくれて何よりだ。こいつが重度の方向音痴で、本当に良かった。俺達は出店でサーターアンダギーとかいう菓子を買い、小腹を満たすと自転車を購入。走るより、こっちの方が楽だろ。神聖波動を使えば、自転車を強化できるしな。
「黒川。運転は俺がするから、あと16,000ラスクだしてくれ」
女に払わせるのもどうかと思ったが、財布に10,850ラスクしか入ってねえ。安い自転車もあるにはあるが、神聖波動で強化するにしても限界があるだろうし、できるだけ頑丈そうなのがいい。
「それは構いませんが、ここは島だと言う話なんですけれど海の上を自転車で走る気ですか?」
「神の子に出来て、神に出来ないわけがないだろう」
ぶっつけ本番になるが、水面に神聖波動で固有結界を張ればいけるはずだ。事情を知らない自転車屋のおじさんは、こいつは何を言っているんだという顔をしていたが、黒川が「それもそうですね」と納得すると「ええ!?」と思わず戸惑いの声を上げていた。今は午前9時半、太陽は左側にある。と言うことは北はこっちだな。
「じゃあ、行こうぜ。黒川」
「海は海面を走ればいいとして、ここからキオルトまでどれだけの距離があると思っているのですか?」
黒川に清算を澄ましてもらい、俺がサドルに座り、彼女が荷台に乗ることで背中に胸が押し付けられる。
何ていうか、背中になりてえ。
「ヘーラクレース?」
「いや、大丈夫だ。伊達に鹿を追って、4つの国を1年間も徒歩で駆けずり回ってねーよ」
「成程。では、キオルトに向かって出発しましょう」
陸地を駆けるのは楽だ。土煙を上げながら突進し、その際巻き起こった風で通りすがりの女の子のスカートがめくれただけで、誰も怪我することなく海に近づくことができた。悲鳴は上がったがスルーで。
「ヘーラクレース。ブリーフみたいなデザインのパンティってどう思います?」
「可愛ければいいんじゃねえの。ていうか、カーミラさん以外の女から、そんなネタが振られるとは思わなかったぞ!」
「私は、義経ですから。女の子も好きですよ」
女の子「も」ってことはバイセクシャルか。とにかく、今は海に乗る。崖から自転車ごと飛び降り、落下地点に神聖波動を張って固有結界を創った。そこに乗り、今度は進行方向にそれを展開して一気に駆け抜けることに成功してホッと一息ついたのも束の間、雲行きが怪しくなってきた。ポツリポツリと雨が降り出し、風も強まり、海は大時化になっていく。
「まさか今時、弟橘比売命を求めているんじゃないだろうな」
「そんなことを言って、ドサクサまぎれに落とさないでくださいまし。……でも、嵐ですか」
【涼介視点 了/十萌視点】
「冗談じゃねえ。そんなの無理だ」「この波を見れば、素人だって分かるだろう!」「正気か?あんた」
暴風雨で海は荒れに荒れ、船頭たちはこぞって俺を阻もうとする。確かに、この海に出るのは危険だろう。平氏の連中も、そう考えているに違いない。だからこそ、好機なのだ。死中に活を見いだせなくて、何が将か。
俺は、郎党に命じて矢を船乗りの顔の近くに射させることにした。
「次は中てる。我らの弓で果てるか。海に投げ出されて果てるか。好きな方を選ばせてやろう」
奇襲とは、相手の想定外でなければ意味がない。そして、命もかけずにあがらうことができる程容易い相手でもない。その上、こちらは寡兵だ。俺の説得が実を結び、大時化の海を渡ることになった。何度も船は波に上がり、ふるい落とされそうになるも、耐えるのみ。犬死にだけは許されない。恐怖はある。だが、天下のため、兄上のため、源氏のため、この策略を成功させねばならないのだ。
【十萌視点 了/涼介視点】
「吹けよ、風!轟け、嵐!!我らを疾く目的の場所へ誘い給え!!」
黒川がそう叫ぶと北に向かって、風が強く吹いた。よく分からないが、義経には嵐に関するエピソードでもあるんだろう。固有結界が追い付かないほどに、猛スピードで自転車が会場を駆け抜けてくる。その速さたるや、空飛ぶエビルジュールを寄せ付けないほどだ。
陸地が見えた。けど砂浜だったため、足を取られて思いっきり一回転する。自転車は空中でキャッチしたから無事だが、黒川は顔から砂浜に激突した。
「ぺっぺっ。……ここはどこですか?」
自転車を転がしながら、地元の人を探して聞いたところによるとここはコーティと言う場所だそうだ。
今日は祭りがおこなわれる日であり、天から降ってきた一角獣人の女を雨乞いのために炎で焼くのだという。思いっきり、心当たりがあるのは気のせいだろうか。
「安易に生贄とかすんなあ!!沼竜姫の悲劇とか知らねえのか!!」
「ショーリューキってなんだ?」
知らないのかよ。黒川によると、スィコク島やキューシュー島にはまだすずなネットワークは出来ていないそうだ。てことは、助けに行くしかないな。
「何でもどう見ても女なのに、俺は男だとか言ってる頭のおかしい子らしいし、よそ者だから別にいいだろうって」
よくねえ。そいつの目の前で石を握り砕き、まず間違いなくルシアだろう生贄の居場所を聞くと山の上にある寺だと教えてくれた。でも、邪魔が入らないように男たちが防衛しているから寺に近づくのは無理だとか。それが聞ければ十分だ。俺は自転車で駆け抜け、自転車を黒川に見張ってもらい、棍棒を手にした。殴らなくても風圧で飛んでいく。
「何事か」
「ダチを返してもらいに来たぜ」
プールで見かけたエルキュールさんだったかを思わせる筋肉を持つスキンヘッドのウェアゴリラが、俺に錫杖を振るってきたのでそれを片手で受け止めてへし折り、笑顔でルシアの居場所を聞くと男は顔を青ざめながら場所を教えてくれた。
そこへいくと、ごちそうを平らげて寝ているルシアがいた。食べ物から微かに薬品の匂いがするから、眠り薬でも盛られたんだろう。筋肉坊主ことこの寺の住職に、生贄はもうしないように脅し……じゃなかったお願いすると寝ているルシアを背負って寺を下りた。さて、これからどうやって帰ろうか。
【涼介視点 了】




