第103話 優華のポケットには竹がいっぱい
【翔視点】
イジュモ市に飛ばされた俺は、人間の女性である栗原勝美とともに地元の貴族の屋敷に来ていた。貴族の男に許嫁を監禁され、解放してほしかったら自分のものになれと迫られているらしい。ヤマモトに似てるからなどと言う理由では断じてないが、放っておくわけにもいくまい。俺は二人で、その貴族の家へと乗り込んだ。
いかにもチンピラと言う風情の男、20人が俺の周囲を包囲するも寸止めだけで吹き飛んでいく。悪いが、身体能力が違いすぎる。そして貴族らしき男が爆裂波動を用いて襲ってきたが、十束の剣で酒を浴びせて眠らせた。
「そこまでだ。この女を傷つけたくなくなければ、抵抗するな」
「く……」
男たちは俺の体を10数人で固定すると、栗原は注射器を取り出して俺の首筋にそれの薬剤を注入した。女もグルだったのだ。英雄化したことで、俺には敵はいないと油断もあったんだろう。まんまと毒を盛られたということか。もうろうとして倒れたとき、女が俺の財布を抜き取るのが見えた。
【翔視点 了/優華視点】
病院で目が覚めると、そこにはク・ホリンがいた。どうやら、ランダムで一緒に飛んできたらしい。
私は、英雄ではない以上勝ち目はない。一体どうすれば……。
「警戒なんかしなくてもいい。あんたは、俺の命の恩人だ。殺しはしねえさ」
命の恩人?そう言えば、礼志君が作ったクッキーを私が食べたんだっけ。世の中何が幸いするか分からないなあ。彼によると、ここはマトゥエ市という場所だとか。一番近いすずなネットワークのターミナルはオクァヤマなので、ここを抜けてイジュモに向かった方がいいとのこと。
「それじゃあオクァヤマに行くためにも、イジュモに行きますか」
「乗れ」
ク・ホリンはそう言って、私に背中を見せる。私をおぶうつもり?私、ウェアパンダだから200kg近くあるけど……。
「孫行者の如意棒に比べれば、小荷物でしかねえ」
如意棒の重さって、確か8tだっけ。確かにそれを振り回せるなら、私なんて軽いよね。
お言葉に甘え、彼におぶさると代金を払って学院名義で領収書を切ってもらい外に出た。
肩で風を切るという表現が実にしっくりくる速さで景色が流れていく中、急に彼は足を止めた。
「アーサー王」
「え?ヴィクトリア」
こちらを見ていたのは、ヴィクトリアそっくりの人間の女性。
よく見ると、別人だと分かるけどそれにしても似てる。
「私は、栗原勝美と言います」
声を聴くと、ああ別人だって分かるんだけどね。
「ちっ……英雄の気配がしたから、もしやと思ったが……」
「英雄の気配?そんなの分かるんだ」
「まあな。おい、姉ちゃん。やたら強い男がいたのを知らないか?」
「眼鏡をかけた兎人の男性なら、捕まりましたが」
英雄で眼鏡をかけた兎人というと、久保君?何でまた彼が。彼女によると、貴族にさらわれた彼女の妹を助けるため単身乗り込んで返り討ちにあったとか。
「魔王の仕業かもな」
「魔王って……フィオナ?」
「いや。これは姫様から聞いた話なんだが、魔王化された人間って彼女が知る限りでも10人以上はいるそうだ」
つまり、そのうちの一人がニフォンに渡って問題を引き起こしてる可能性があると。ク・ホリンはそれを聞くと、「腕が鳴るぜ」と彼女に貴族の家への案内を依頼し、到着するとあんたら二人はそこで待っていろと告げるも彼女はそれを固辞。妹の無事を知りたいからと、ク・ホリンと一緒に貴族の家に忍び込んだ。
「あの女また獲物を見つけたのか」
通りすがりの男がそう呟いたので理由を聞くと、俺が言ったって言わないでくれよと前置きして栗原さんは腕の立つ旅人をああやって見繕って毒を盛り、金を盗むことを生業にしていると教えてくれた。ひょっとしたら、久保君も毒を盛られたのかもしれない。私は、こうしちゃいられないとスカートのポケットから非常食用の竹を取り出した。それに神聖波動をこめて屋敷に乗り込む。竹って武器にも食料にもなるから便利だよね。取りあえず、私は久保君を探すことにした。
【優華視点 了/翔視点】
英雄に変性したことで、毒に対する耐性がある程度出来ていたらしい。全身に毒が回っていることを自覚しても、まだ死ねないでいる。思い出すのは、ヤマモトのこと。俺にぶつかり、パンツ丸出しで地面に座り込んでいる姿。俺に皮肉を言われて、頬をふくらます姿。薬草を、真剣な姿で探す姿。恐怖で怯える礼志を、抱きしめる姿。色んな彼女が浮かんでは、消えていく。
「会いたいな。……ヴィクトリアに」
「ヴィクトリアじゃなくて、ごめんね」
何だ?どこかで聞いた声がする。飲んで。という声とともに上体が起こされ、口に何かが流し込まれていく。苦い。ひたすら苦い。だが、礼志の料理とは違い、体が癒されていくのが分かる。
「ここは……?」
「地下牢。こんなものを作る貴族って、本当にいるんだね」
「そうか?ヤマモト家にはありそうだが……カーミラさんのお仕置き用に」
「そんな減らず口が叩けるなら大丈夫ね」
そう言って笑ったのは、ウェアパンダの時雨沢優華。ひょっとしなくても、さっきの言葉を聞かれただろう。
「時雨沢。頼むから、さっきのことは誰にも言わないでくれ」
「別にいいけど、男の人って秘密が多いんだね」
何のことだ。それよりも、早くここを抜け出さないと……いや、待て。何だこの気配は。英雄の気配の他に、異質な何かを感じる。
「時雨沢。他に、誰かいるのか?」
「ク・ホリンだけ」
何で魔王の手下と同行してるの、お前?それは後で聞くとして、この気配はク・ホリンのものだろうが、もう一つの方は何か胸騒ぎがする。その気配をたどると、広間らしきところでク・ホリンと黒い大蛇が戦っていた。
「私は女なのに!美人なのに!顔を殴って鼻血を流させるなんて!大人しく殺されなさい!!」
「女だろうがなんだろうが、俺に喧嘩を売るやつには容赦しねえ」
この声は、栗原か。人間の時は分からなかったが、彼女の体にデザイアストーンが宿っているのが分かる。とは言え、ク・ホリンに任せていたら彼女を殺してしまうだろう。ならば。
「栗原!!俺は、ここにいるぞ!!」
ありったけの力を込めて叫ぶと、十束の剣を握り酒の奔流を浴びせた。まだ、完全に毒が抜けきっていないのだろう。まだふらふらするが、こいつは俺が決着をつけなければならないんだ。
「まだ生きていたの……そんなに、私を抱きたいのかしら」
何の話だ。デザイアストーンに錯乱されているのか?
「君が何故、デザイアストーンに取り込まれているのかは知らない。でも、俺はそれを排除する」
ヴィクトリアに似た女と決着をつけるのは、俺だ。
「男なんて、女のことを性欲処理の道具としか思ってないくせに!!」
「思ってねえよ。たわけ」
俺はすれ違いざまに天叢雲剣で大蛇を斬り、デザイアストーンを取り出すと意識を失った。
【翔視点 了】




