第98話 英雄はただでは死なない
今回はディルムッド視点です。
「ディルムッド、お前の中の騎士道に問う。乙女の涙を、受容するか」
聞くか?それを。もっとも、ただ手を貸せじゃ動かなかった可能性はある。
いや、確実に動かなかっただろう。
「うれし泣き以外は能わず。ここは、共同戦線と行こうか」
とは言っても、婚礼の席なんてどこにあるか分からない。囚人たちもここで行われることは知っているようだが、刑場の場所は分からないという。これは、適当に探すしかないな。孫行者と二人で、全ての鉄格子を破壊して囚人を出すと、適当に駆けずり回った先に見たこともない機械や紙の束があった。紙の束を適当にとると、それは1,000ネオヨーロ紙幣であることが分かる。そして、英国女王の肖像画が印刷された、見間違えるはずもないフォンド紙幣も……。
「ニフォンの、1万ラスク札もある……偽札工場か」
ちょうどいい。こいつを破壊して、混乱させることにしよう。そう言ってにやりと笑う孫行者は、彼こそが魔王の手下なのではという気にさせる。確かにここは、処刑場も兼ねているらしいからここが燃えていることが分かれば処刑どころではないだろう。俺は、見張りの看守たちを機械でぶちのめしながら、偽札を火にくべていく。
「早く火を消せ!!ダイクヮンミンの財政が……教団の資金源ぐがあ!?」
「俺の槍と剣は、どこにある」
消火活動を指示する男の片腕をへし折り、俺の愛刀たちの場所を尋ねると所長室だという。
もしも、嘘ならばもう一本腕をへし折ると注意しておいたから大丈夫だろう。
ここは、孫行者に任せることにして所長室に入ると、そこにいたのはカイゼルひげを生やした人間の男と、こちらにグラムを向けた恐らくはオーディンに変性した狐人の女がいた。両方から英雄、しかも神の気配がする。この男、姫君の様に魔王と化しているのかもしれん。
「お前が、大統領のキム・ジョンファンか」
「無礼である。かしずくがいい」
何だ、このプレッシャーは。言葉だけで、体に重圧がかかってくる。こいつは一体、何の英雄なんだ。
気を緩めるといまにも片膝をついてしまいそうになる。
「アンネ。この、侵入者を殺せ」
「に、逃げて下さい!」
アンネと呼ばれた狐人の女が、涙ぐみながら切りかかってきた。俺は、それをかわしながら考える。
アンネとは、花嫁の名ではなかったか。
転がりながら逃げ回り、適当なロッカーを破壊するとそこから出てきたのはベガルタとモラルタ。
チャンスだ。俺はそれを手に取り、アンネという女を刃を振るうもすんでのところでかわされた。
「ベガルタとモラルタを使いこなすとは、きさまがディルムッド・オディナか」
気安く呼ぶな。名が穢れる。
「我は王の中の王、ギルガメシュである。ディルムッド・オディナに命じる。二つの刀で自殺しろ」
すると、俺の体は勝手に反応した。モラルタで心臓を貫き、ベガルタで首をはねようとしたのだ。
ベガルタを防いだのはグラム。アンネという女性がそれを防いだのだ。
「3番目のロッカーに、ゲイジャルグとゲイボウが!!」
「承知」
俺は、出血に耐えながら歯を食いしばって駆け出し、三番目のロッカーを破壊するとゲイボウとゲイジャルグは確かにあった。
それらをギルガメシュに投げつけるも、拳で弾かれた。成程、天の雄牛を殴り殺しただけはある。
「アンネ、お前は俺と閨を済ませた以上俺の所有物だ。逆らうことは許さん」
「アンネ!!お前の夫は誰だ!!」
閃くものがあった。彼女こそが、救わねばならん乙女ではないのかと。
モラルタで心臓を貫いたのだ、ただではすむまい。だが、俺の死を犬死にしてくれるな。
「……私の夫は、アルセーヌだけです」
「ぬかせ!オーディンよ、俺の靴をなめろ!!」
アンネは、逆らおうとしている。体こそ傾いではいるが、心までは屈していない。
ならば、俺は魂で語るのみ。
「アンネ!お前は、お前が愛する者は、その命令に逆らわないと救えないのだぞ!!」
「うわあああああああああああああ!!!」
アンネは、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながらギルガメシュの足元にひざまずき、グラムでやつの股間を切り落とした。奴は絶叫しながら股間の抑えるが後の祭り。それは汚物のごとく、床に落ちるのみ。
「私の夫は、アルセーヌだけです!!」
彼女がそう叫んだ瞬間、窓が割れて二人の男が入ってきた。孫行者と……恐らくはアルセーヌだろう。
アンネの複雑な表情でそれが分かる。
「ダイクヮンミン国大統領、キム・ジョンファン!!俺は、お前を赦さない!!」
それを聞くと、ギルガメシュは気でも触れたかのように笑うと「この女は俺と寝たんだぞ。それでもお前はこの女が欲しいか」と馬鹿にするように彼に告げた。
「アルセーヌ。ごめんなさい。でも信じて……私はそんなこと、望んでなんかいない」
アルセーヌは、床に転がっている汚物らしきものを強く踏みにじると言った。
「アンネは俺の妻だ。俺はアンネと共に生きられればそれでいい」
「ふん。アンネ、アルセーヌを刺し殺せ」
アンネは、歯を食いしばってそれに耐えているが一歩一歩彼に近づいていく。
「お前、誰か忘れてないか?伸びろ、如意棒!」
「お前は!?」
孫行者は、にやにやとアンネを見ていたギルガメシュの前に回り込んで、腹に如意棒の先端が突っ込んで持ち上げると実に面白いことを口にした。
「確か、太陽はこっちの方向にあったな」
「やめ……」
孫行者は、空に向かって100km先まで伸びて急停止してから戻ることを命じ、奴の体は天井を突き破り、遥か空へ。見ると、穴が開いたところには確かに太陽が見えた。孫行者が棒を戻すと先端に奴の姿はない。
「重力で、戻ってくるんじゃないのか?」
「多分大丈夫だろ。宇宙空間には、空気がないから慣性の法則は十二分に働くし、血液の沸騰や窒息でものを考える余裕はないだろうからな」
「それもそうだな……かはっ」
笑おうとして失敗した。どうやら、これが限界らしく目が霞んできている。
フィオナ様はどこにいるか分からん以上、これが俺の最期のようだ。
良くはないが、悪くもない。
「孫行者、冥土の土産に一つだけ教えてくれ。お前、あのセクハラ女王のどこがいいんだ?」
「……何で他人に、自分の妻の魅力を語らねばならんのか。だが、そうだな。あえて言うなら、俺にだけ見せる表情がチャーミングだってことぐらいか」
ああ。そいつは見たかったな。それが、俺の最期の思考だった。




