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Lapis philosophorum   作者: 愛す珈琲
第八章 to be torn asunder
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第96話 カーミラは経験値が足りない

今回はカーミラ視点です。

気が付くと、あたしは田園風景が広がる場所にいた。ここは一体……?


「あら?久しぶりね、カーミラ」


声がした方を見ると、そこにいたのは初音。

何故ここにいるのか聞くと、それはこっちのセリフだという。

なんでもここはテムドー市の御厨農園、つまり初音の実家の畑というわけだ。

そこに飛ばされるとは、あたしは運がいいのだろう。


「うわぷ!?」


次の瞬間、あたしのすぐ後ろに落ちたのは武田徹とかいう子供だ。

前言撤回、あまり運は良くないらしい。


「いってえ!マーリンさん、僕らまで飛ばすなんて聞いてねえよ」


「来たね?航空機破壊の実行犯の1人」


徹は何食わぬ顔をしているが、それを聞いて初音の表情も固くなる。

航空機が何者かに爆破されたことはすでに彼女も知っており、その中に礼志がいることも把握しているようだった。


「何で、そんなことを」


「魔王を、復活させるためさ。十魔王のうち2体は倒されて、もう1体はヒトの魔王化実験に使われているから残り7体。内、1体を復活させてセフィラたちを航空機に乗せてそれごと撃破。世界はめでたく7体の魔王により再生される予定だったんだけど、お姉ちゃんたちが異常に強くてさ。次善策でセフィラたちをバラバラに引き離したってわけ」


徹の表情に、悔恨の表情なんて一切ない。

むしろ、魔王が完全復活することを望んでいるようにも見える。


「どうして、魔王を復活させたいの?そんなことをしたら、あなたの両親がどう思うか……」


「死んだ人間のことなんて、知ったこっちゃないね。僕は、父ちゃんにも母ちゃんにも殴られたことしかないしさ」


「殴られたことしかないって……そんな危険思想持っていたら、殴りたくもなるだろうさ」


徹は鼻で笑うと両親のことを話し出した。


【徹視点】


父ちゃんは会社をクビになると酒におぼれて僕やお母さんを殴り、灰皿代わりに僕の体でタバコの火を消し、母ちゃんも、泣きながら僕を殴る毎日が続いていた。親は、子を殺す権利がある。子供をどうしようが、自分たちの勝手だ。それが二人の考えだった。それが崩れたのは、母ちゃんが気まぐれで買った宝くじが当たり、二人が旅行して僕は留守番をさせられた時のこと。食事すら作り置きしてもらえず、料理がまだできなかった僕は水と塩を振った野菜だけで飢えをしのいでいたが、それでも暴力を振るわれないだけましだと思っていたその時、僕の家にマーリンさんが訪ねてきた。


「実に、興味深い負の感情を抱えている」


「おじさん、誰?」


「無敵のヒーローに、なりたくはないか?」


ヒーロー?そんなものは知らない。でも、今の自分は変えたい。旅行から二人が返ってきたら、僕はまた灰皿にされて、サンドバッグにされる。でも、それを騎士団に言っちゃいけない。だって、二人は僕が知る唯一の大好きな人たちだから。僕がお父さんやお母さんに殴られるのは、僕が悪いだけで二人はきっと悪くない。だから、僕はいい子になりたい。


それを聞いたマーリンさんは、にやりと笑うと「それではいい子にしてあげよう」と言って紫色の丸いガラス球を出した。今にして思うと、あれは魔王の力を封印している宝玉なんだろう。

それを、彼は僕の体に埋め込むとマーリンさんはどこかへと去って行った。


その日の夜に見た夢は、二頭のヤギに戦車を引かせて空を駆け抜けた英雄トールの記憶。

僕と同じ名前なのに、自由に生きた英雄の生涯がうらやましい。僕は、涙を流しながら目を覚ました。


翌日、父ちゃんは帰ってくると思った通り僕を蹴った。でも変だ。父ちゃんが、僕を蹴ったときはいつも「徹の蹴り心地は最高だ」と言うのにそれがない。それどころか、いつものような痛みが全くなく、逆に父ちゃんは苦悶の表情で足を押さえている。


「あなた!?何したの、こいつ!!」


母ちゃんはそう言って、鉄パイプで僕を殴った。さすがに痛みが走ったが、それ以前に鉄パイプは飴細工のようにぐにゃりと曲がっている。僕自身も殺気に反射的に対応したのか、母ちゃんの左胸を拳で貫いていた。慌てて引っこ抜いたところで、血が噴水の様に噴きだすだけだ。


「ば……化け物」


ああ、そうか。僕は母ちゃんに愛情をかけることがようやくできたんだね。

殴って痛めつけると言う愛情を注ぐことができたんだね。それなら、次は父ちゃんの番だ。


喜んでよ。殺してあげるから。

僕に向かって、ライフルの銃口を向ける父ちゃんの肘を掴んで握り潰すと悲鳴を上げさせる。


僕は、わざと急所を外してタコ殴りにした。

所々青あざができ、骨が砕け、皮膚を突き破り、原形がとどめなくなるまで殴って殺した。

これが、愛なんだね。父ちゃん。母ちゃん


【徹視点 了】


なんて胸糞悪い話だ。ただ、なんて言えばいいのか分からず私は棒立ちするばかり。

それなのに初音は、後ろから徹を抱きしめた。何も言わず黙って、抱きしめ続ける。


「そんな力じゃ、僕を傷付けるどころか押さえることすら出来ない!!」


そう言って、徹は初音を投げ飛ばした。

彼女は背中を思いっきり叩きつけられて血を吐くも、今度は正面から抱きしめる。


「傷付けることが愛情なんじゃない。思いやることが、愛情なのよ」


そう言うと、初音は徹の頭をなでると子守歌を歌い始めた。

乳飲み子をあやすように優しく。


「なんでさ……なんで、殺し愛をしないのさあ!!」


双掌打で吹き飛ばされた初音を空中で受け止め、神聖波動を注いで体の怪我を治すも初音はまだ徹の元に行こうとする。

さすがに腕をつかんで止めると、初音は徹から目をそらすことなく子守歌を歌い続け、失神。

徹は眼から大粒の涙を流し、大声で泣いた。何で、痛めつけられてるのに反撃しないのかと。


「お前には、それが逆効果だということを分かっていたんだよ。坊主」


女の色香を漂わせたスーツ姿の美中年が立っていた。

そして次の瞬間、徹は彼によって殴り飛ばされた。


「そんな……殺気もなくヒトを殴れる獣人がいたなんて」


「愛情を持って殴るのと、殺気を持って殴るのは違う」


「愛情……」


初音に抱きしめられたとき、そんなに嫌だったかと言う彼に「暖かかった」とだけ答えた。

多分それが答えだよ、徹。愛情はきっと暖かいものなんだ。


初音を家に運び、気が付くまで横にしていると目が覚めたらしく、彼女は徹を抱きしめた。


「お母さんに抱きしめてもらったこと、ある?」


「……ない」


「じゃあ、しばらくうちで暮らさない?あなたの歪んだ家族観を調教してあげる」


徹は、それに黙ってうなずいた。ところで陽翔。あんた、市役所勤務のはずじゃなかったかい?


「ああ。それなんだが、礼志の居場所が判明してな。奥さんに無事を教えて来いって早退を許された」


なんでも、イウアーキの海岸に打ち上げられていた所をエルの子供が発見し、無事保護されたそうだ。

そいつは、一安心……。


「ただ、問題が一つ。もっくんがダイクヮンミン国で逮捕されたそうだ」


もっくん、何をやらかしたんだい?

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