第95話 決めつけるな
目が覚めると、見知らぬ民家にいた。病室でないことがあれが現実なんだといやでも理解してしまう。
「気が付いたんですね。よかったです」
知らない虎人の女性が、顔を覗き込んでいる。誰かと問うと、宇佐美愛梨子です。という答えが返ってきたけど、私が聞きたいのはそれじゃない。まあ、私も「ヴィクトリア・フォン・ヤマモトです」と名乗り返したけど。
改めて事情を聴くと、彼女はイナーシロ湖に落ちた私を助けて応急処置をしてくれたそうだ。人工呼吸は吐しゃ物を飲み込む可能性があるから避けたんだとか。それ正解。やってたら、あなた不老不死になってたよ。お礼を言った後で、私がそう冗談めかしてそう言うと、だったら今からでもキスしていいですか?と返された。
「明日、私は死ぬんです」
ここ数年、このイナーシロの町では湖に住む竜の命令により、若い娘が生贄になっているらしい。沼竜姫事件みたいなものかと思ったけど、生贄を拒んだ最初の数年はその竜により町を半壊させられているんだとか。そして今年、生贄として竜が指名したのが彼女というわけだ。
「良し、分かった!生贄には、私がなる!助けてくれたお礼に、私がその竜を退治するよ!」
「そんな、無茶です!相手は剣も、槍も、魔法も通じないんですよ。火矢ですら効かない相手を、どうやって退治するんですか!?」
以前の私なら無理だろう。でも、今の私はアーサー王として覚醒している。大丈夫、いける筈だ。
彼女は私を初めは説得していたけど、私が頑として譲らなかったため折れてくれた。
町の人たちは、私がよそ者だということもあるんだろう。竜を退治してくれれば儲けものだし、仮に失敗しても、村の娘をささげるのを1年遅らせられればそれもいいと二つ返事で了解し、作戦開始。
翌くる朝、私は竜への貢物としてお金や今年取れた農作物と共に、湖のほとりで待ち構えることに。
村人たちがいなくなって30分ぐらいたったその時、竜は湖の中から顔を出した。
『「愛梨子じゃない」』
竜が何で町人の名前を把握してるんだか、と顔を上げるとそれは正しく青い竜。
声が機械を通しているような感じ。あなたは錬金術師かと聞いても、なしのつぶてときた。
たとえそうだとしても、バカ正直に告白するわけないか。
「火刑に処す」
五感を掌握し、全身が火だるまになる幻覚を見せるも涼しい顔というか表情がない。
よくできてるが、これは機械と見ていいだろう。私は竜の口から吐き出された炎をよける際、確りと見た。火炎放射のための管を。
「I am King of the geneses to influence a knight. Therefore it is the master of the blades such as a sword or the spear. Thus, I give it an order. A sacred blade and a bad blade, gather before my sword Excalibur from all ages and countries. To defeat a fool to block before me.(私は、騎士を総べる原初の王である。故に、剣や槍などの刃の主でもある。よって、私は命じる。聖なる刃よ、悪しき刃よ、古今東西より私の剣・エクスカリバーの前に集え。私の前に立ちふさがる、愚か者を討つために)」
神話とは幻想。なら幻想を構築してみせなさい、私。
私の前に、古今東西の聖剣や魔剣が隙間なくぎっしりと竜に穂先を向けている。アロンダイトやガラティーンといった剣からク・ホリンのゲイボルグやディルムッドのゲイボウとゲイシャルグといった槍まで様々。
「Shoot!」
ただの剣なら雨露のように鋼鉄の鱗がはじいただろう。でも、竜に襲い掛かっている剣の群れは決してただのそれではない。曰く、三つの丘の頂を切り落とした。曰く、不動明王の化身。曰く、一度鞘から抜いてしまうと、生き血を浴びて完全に吸うまで鞘に納まらない。曰く、雷神を切り捨てた。etc
様々な伝説や逸話を持つ剣や槍が、一斉に竜に襲い掛かるのだからたまらない。竜のうろこはぼろぼろに崩れ、あちらこちらに様々な形の剣が突き刺さり、消滅していく。
「これでとどめ!エクスカリバー!!」
エクスカリバーの刀身を20mに伸ばし、袈裟懸けに切り捨てると中から狐人の男が出てきた。
「やっぱり、中にヒトが入っていたわね。さっさと、アジトに案内しなさい。さもなくば、斬る」
「はひい!?」
狐人に案内されてアジトに行くと、そこには数人の女の子の石像があった。でも、ただの石像じゃない。魔力と生命の揺らぎを感じる。
「この子達が生贄にされた女の子なのね」
「ああ、そうだ」
彼の名前は、ルドヴィック・フォン・カーンシュタイン。貴族だ。
女の子がまだ若くてきれいなうちに、石化魔法で石に変えてコレクションすることを思いつき、生贄を求めていたんだとか。当然とばかりに彼は独身。なぜ結婚しないのかというと、女の肉体は美しいが女の心は醜いんだと言う。殴るのを寸止めで済ませた自分を褒めてあげたい。もっとも、拳圧で吹き飛んだようだけど。
「だって、女の人って、背が高くて、足が長くて、格好良くて、金持ちで、頭が良くて、運動神経抜群で、毛深くなくて、臭くなくて、優しくて、浮気しなくて、レディーファーストを心掛けてて、何でも自分の言うこと聞いてくれて、自分が会いたいときはすぐ来てくれる人じゃなきゃ付き合いたくないとか言い出すんでしょ?付き合ってらんないって。他人を傷付けることを何とも思わない奴ばっかりだしさあ」
「そんなことを言うのは、ただのビッチだから相手にしないの!」
他人を傷付けることに、何のためらいもない子がいるのは確かだけど一緒にするな。
男の人だって、いろんな性格の人がいるじゃない。
石化された女の子達を元に戻させてから、ルドヴィック卿を町の人に突き出し、私はここから一番近いすずなネットワークのターミナルがあるセンダーヒに向かうことにした。
「ヴィクトリアさん、お世話になりました。お陰でイナーシロの町は、平和を取り戻しました」
「気にしないで。愛梨子ちゃんは、私の命の恩人だからね」
「ルドヴィック卿は、もう二度と悪さをしないようにこき使うから心配はいらねえ。あんな凄い竜を作れるんだ。あいつを鍛えりゃ、さぞかしいい大工になるだろう」
愛梨子ちゃんのお父さんは、大工の棟梁だそうだ。
ルドヴィック卿はせいぜい頑張って名誉挽回してほしい。
私は彼女たちに別れを告げると、センダーヒへと向かった。




