団地妻A子昼下がりの情事
団地妻A子はその日も家にいた。
格好の洗濯日和で2DKのベランダには午前中に干したシャツや下着が揺れている。
掃除を終え、昼食も朝の残りの白菜のお味噌汁と漬物で簡単に済ませ、あとは夕飯の買い物に出かけるだけだった。
今日の献立は…と冷蔵庫を覗いたその時だった。ピンポンとチャイムが鳴った。
A子はスリッパをパタパタさせて玄関まで行くとドアを開けた。
30キロはある米袋を担いだ男がそこにはいた。いつも見る顔だった。
「こんにちわ。米屋です」
お世話になります、とA子が返すと、米屋の男はそちらにいいですかね、と目線で玄関の脇を指した。
「お願いします」
A子はドアを大きく開けると男を招きいれた。男は失礼します、と足を踏み入れ、半袖のシャツから覗くたくましい腕から米袋を下ろした。
「こちらの伝票にサインいいですか」
「はい」
A子の脳裏に唐突に先ほどの今晩の献立は、が浮かんだ。
なんにしよう。昨日は唐揚げ、その前は麻婆茄子、その前はカレー、その前は、えっと、えっと。
毎日繰り返す味噌汁。洗濯。掃除。買い物。晩御飯の献立。先日初めて左目の下に小さなシミがあるのを見つけて愕然とした。このまま延々と家にいて同じ日々の瑣末を繰り返して老いていくだけなのか。
「奥さん?」
呼びかけられてはっとA子は我に返った。余程深刻な顔をしていたのか、米屋が心配そうな顔をしてマジマジとA子を見ている。歳のころはA子と同じくらいだろうか。まともに顔を見るのは初めてだった。
「ありがとうございました。じゃあ、これで」
「あのっ…」
一礼して帰ろうとする米屋をA子は呼び止めていた。
再び視線がぶつかる。A子は米屋の服の裾を掴んで引いた。
「今日、主人は出張なんです…」
潤んだ目で米屋を見上げる。米屋の瞳の中にも揺れるものがあった。
「奥さん…!」
米屋の背後で玄関のドアが閉じ、A子の花柄のエプロンの紐に米屋の指がかかり、ほどけた。