聖女継承
彼女は祈りつづけた。
何が起ころうと、どれほど非難されようと、ただひたすらに祈りつづけた。
「無駄よ」
そんな彼女を見ながら、少女は忌々しげに言う。
「そんなものが一体なんの役に立つっていうの?祈れば、飢えてる人たちのお腹はいっぱいになる?死んだ人は帰ってくるかしら?」
けれど少女がそう言うと、彼女はいつも少し哀しげに微笑むのだった。
そして祈りつづける。一心に。
奇跡を、信じて。
少女はそんな彼女をなじりつづけた。
けれども破局はやってくる。
彼女は異端を説く者として告訴され、裁判にかけられる。
――判決は、死刑。
「ほらね」
少女は、泣きそうな顔を歪めて、笑った。
「だから、信じても無駄だって言ったじゃない。この『世界』を支配しているのは『神』なんかじゃなくて、権力やお金みたいな、もっと即物的な『力』なんだから」
薄汚れた囚人服に身を包んだ彼女は、役人たちに引き立てられて処刑台に向かう。人々は戸惑いつつ、それを遠巻きに眺めている。
ひそひそと囁かれる、不安げな声。
彼女は顔をふせ、何も言わない。
やがて、晴れ渡る空の下、広場に据え置かれた処刑台が見えてくる。その脇には、幾多の血脂が染み込みてらてらと光る斧を握りしめた首刈人が、くたびれた表情でぼんやりと立っていた。
処刑台に上る直前、彼女は天をふり仰いだ。小さく祈りを捧げる。
そして、周囲に集まっていたすべての人々を見渡し、ほんの少しだけ哀しげに微笑んだ。
少女はその一部始終を見ていた。
彼女が最後に浮かべた微笑みが、少女の脳裏に刻印される。
そして奇跡は起こらず、数刻の後、彼女の頭部は切り落とされて地を転がった。
「ほら、ね…」
胸にこみ上げてくる苦々しさに、少女は唇をかみしめた。
「どうせ、奇跡なんて起こらないし、祈っても無駄なんだから…」
けれど、と少女は思う。彼女は確かに最後まで信じつづけたのだ。
(……なぜだ? なぜあなたは、そこまで信じることができた?)
少女は空を見上げた。陽射しが、まぶしい。
頭部を失った彼女の遺体が、役人たちの手で無造作に荷車に乗せられ、運ばれていくのが視界の端に映る。傷口からはいまだ鮮血がほとばしり、白の囚人服を毒々しい朱に染めている。
だが空は澄んでいた。
哀しいほどに蒼く、遥かに高く澄んでいた。
「……ちくしょう」
少女は低くつぶやく。
悔しかった。
『世界』にうまく丸め込まれてしまう、自分の無力さが悔しかった。
『世界』が、憎かった。
少女は、彼女が最後に浮かべた微笑みを思い出す。
少しだけ哀しげな、その微笑を。
彼女はもういない。信じつづけた気高き彼女だけが汚され、信じなかった少女はいまだ生きている。
無力なままに生きている。
「……ちくしょうっ!よくも…よくも『わたし』を汚したな!」
少女は叫んだ。仰ぎ見た天に向かって。
『世界』に向かって。
そして、誓った。
無垢に、無邪気に、無謀に……ただ純粋に誓った。
『世界』と戦う者となることを。