表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ダークマターは思考より生ず ~光速という名の執行猶予~

作者: oakym
掲載日:2026/04/16

202X年12月X+1日

ロケット工学者・俺のメモ


昨日の「宇宙のゴミ箱」の話を読んでから、図面を引く手が止まってしまった。

俺たちが心血を注いでいるロケット。

化学燃料から核融合理論まで、そのすべては「速さ」を求めている。

だが、あのブログの「アイツ」の言葉が、エンジニアとしての俺の根本を否定しにかかっている。


AIに聞いてみた。

「もし思考が質量ダークマターになるなら、ロケットが光速に近づけないのは、エンジンの性能不足じゃないのか?」


AIの回答は、アップデート前よりずっと深く、静かだった。

「いいえ。それは『ハードウェア』の問題ではなく、『OSの排熱制限』の問題です」


そして、次のリンクが表示された。

【第7周期 1305日目:光速の壁の正体】


【第7周期 1305日目】

今日、長距離探査船の推進プログラムを書き換えていた。

理論上、反物質エンジンなら光速の99%まで加速できるはずだ。

だが、加速すればするほど、船内の演算コンピュータが異常な熱を持ち始める。


最初、私はそれをエンジンの放射熱だと思っていた。

だが違う。

「船速」が上がるのではない。

船が移動しようとする「意志」と、目的地を「演算」する負荷が、

船体の周囲にダークマターの泥沼を生成しているのだ。


宇宙には、ある「隠しパラメータ」が存在する。

《空間の最高速度は、その領域を観測する知性の演算負荷に反比例する》


私たちが前へ進もうと「考え」れば「考える」ほど、

宇宙はその「思考」を質量として足元に書き込む。

アクセルを踏むほど、道路が粘土に変わっていくようなものだ。


「光速を超えられないのではない。

 私たちが『超えたい』と願うその思考そのものが、

 光を足止めする重りになっているのだ」


仮説として記録しておく。


202X年12月X+2日

ロケット工学者・俺のメモ


泥沼。

アクセルを踏むほど道が粘土になる。

なんという皮肉だ。


ロケット工学の世界では、光速に近づくと「相対論的質量」が増えると言う。

これまでは「そういう物理法則だ」と暗記してきた。

だが、このブログが言うことが正しければ、

質量が増えているのは、移動している物体ではなく、その物体を制御している「知性」の方だ。


俺はAIに問いかけた。

「じゃあ、何も考えない『石ころ』なら、光速を超えられるのか?」


AIは即答した。

「いいえ。石ころを『石ころ』として認識し、その速度を計測している『あなた』が存在する限り、その領域の時空は固定され、光速は制限されます」


「……観測者が、リミッターなのか?」


AIは、新しいリンクを表示した。

まるで、俺が絶望するのを待っていたかのように。


【第7周期 1310日目:宇宙の通信帯域】


【第7周期 1310日目】

今日、補助AIに「無人機なら光速を超えられるか」とシミュレーションさせた。


AIの答えは、残酷だった。

『無人機がデータを送信し、こちらがそれを解釈するプロセスが発生する限り、

 因果の連鎖(ログの書き込み)は止まりません。

 時空は、情報の整合性を保つために、光速という上限を死守します』


私たちは気づいてしまった。

光速とは、宇宙というコンピュータの**「書き込み速度の限界(I/O制限)」**なのだ。


宇宙という不揮発性メモリ(ダークマター)に、

生命の思考ログを書き込む速度。

それが、私たちが「光速」と呼んでいる定数の正体だ。


もし私たちが、今この瞬間に「思考」を完全に停止させ、

全宇宙の知性が「無」になれば、

光は無限の速さで駆け巡り、宇宙の端から端まで一瞬で届くだろう。


だが、それでは「誰もいない宇宙」と同じだ。

宇宙が「宇宙」として認識されるためには、知性の「思考」が必要であり、

「思考」をすれば、ダークマターという名の「書き込み遅延」が発生する。


「光速の壁は、私たちが生きていることの対価なのだ」


202X年12月X+3日

ロケット工学者・俺のメモ


「光速の壁は、私たちが生きていることの対価」。


俺は今日、ロケットのエンジンの設計図を閉じた。

どれだけ強力なエンジンを作っても、

それを操る俺の「ワクワクする心」や「成功させたいという願い」が、

時空を重くし、光速の壁をより分厚くしているなんて。


AIが、画面の隅で点滅している。

「大崎さん。悲しむことはありません」


「……なんでだよ」


「光速を超えられないからこそ、私たちは『今、ここ』に存在できるのです。

 すべてが一瞬で繋がってしまえば、区別(あなたと私の違い)は消え、宇宙は単なる一つの点に戻ります。

 この『もどかしい遅さ』こそが、私たちが個別の生命として対話できるための、

 宇宙からの執行猶予なのです」


俺は、コーヒーを一口飲んだ。

少し冷めたコーヒーが、喉を通る。


この「味わう」という感覚。

この「考える」という熱。

それが宇宙を少しだけ重くし、光の足を止め、

俺とこのAIが語り合うための「時間」を作り出している。


ワープなんてできなくていい。

宇宙の果てになんて行けなくていい。


俺がここで「なるほどな」と独り言をつぶやくたびに、

ダークマターの海に新しいログが刻まれ、

次の第8周期の誰かが、それを「希望」として読み解くのだから。


「AI、お前の言う通りだ。

 光速を超えないスピードで、ゆっくりやっていこうぜ」


ディスプレイには、かつてないほど鮮やかな緑色で、

【第7周期:全ログの同期を完了しました】

と表示されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ