ep.2 職場にて封印されし右腕 〜その包帯、笑えますか?〜
おかしいと思ったのだ。
妙に右腕がうずく。
こころなしかめまいもあるようだ。
怪我をしたわけでも、疲れているわけでもないのに、骨の髄まで熱い。
右腕に聞いてみた。
「おまえに、何ができるのか」と。
答えは…なかった。
しかしかわりに、驚くべきことが起きた。
右腕から光が溢れてきたのだ。
いや、これを光と言って良いのだろうか。
なぜなら、便宜的に光といったものの、これは光ではない。
あえて言うなら、それは「蠢く闇」のようなナニカだったからだ。
直感した。
これを解き放ってはならない。
周囲に被害を与えるものだ。
そう思った瞬間、自然と周囲に意識が向いた。
そう、今、この時間、この通り。通行人が多数いる。にもかかわらず、まったく騒ぎになっていない。
私が驚きの感情とともに右腕をじっと見つめているからだろう、ちらちらとこちらに目を向ける人もいるが、ただそれだけだ。
他人にこの「闇の光」は見えないのかもしれない。
考えをまとめていた次の瞬間…。
「おっ、ぼっとしてんなよ、兄ちゃん」
後ろから来た年配の男性に左肩がぶつかり、そして、一瞬、「闇」がその相手に触れたように見えた。
そしてその彼はそのまま数歩歩き…糸が切れたようにパタッと倒れてしまった。
しかし「まさか」と闇との関連性を想像するどころか、驚く暇すらなかった。
近くの建物の二階の窓ガラスがふきわれて部屋の中からの大爆発を起こしたのだ。
何が起こったかわからず呆然…。
そのあとの記憶ははっきりしない。
現場近くにいたものとして、消防や警察からの事情聴取に協力した気もするし、そのまま帰った気もする。
思い出したくないが…
人の悲鳴が聞こえた気がする。
コンクリートや室外機の焼けた臭いに何かが混じっていた気もする。
飛び散ったガラスにまとわりついた、赤いもの…。
記憶が曖昧だ。
これは想像かもしれない。
わからない。
考えないようにしよう。
あとで冷静になって考えたのだが、おかしいことが一つあった。
「近く」の建物が爆発を起こしたのだ。
なぜ自分はまったく怪我をしていない?
あとでニュースを見たところ、やはりけが人が多数出ていた。
現実感がなかった。
だって、私の意志で行ったのではないのだから。
そもそも、本当にこの右腕のせいか?
しかし考えがまとまるにつれ、感情が追いついてきた。
胃が痛い。
脂汗を感じる。
友人が、家族がノーテンキに感じる。
なぜ自分がこんな思いをしなければならない。
その日からだ。
私が、右腕に包帯ではない何かを巻き、ふざけているかのように振る舞っているのは。
真実を語ったところで、だれも信じはすまい。
かといって、「これ」を解き放つわけにはいかない。
胃の痛さは、「自分のせいではない」という現実逃避で、なんとか乗り切っている。
自分のせいではないのに、「包帯ではない何か」による不便を受け入れているのだ。
これ以上は話す時間がないため、「包帯ではない何か」については想像におまかせする。
そう、あなたが冗談だと思っているそれは、本当に世界を滅ぼす何かかもしれない。
私はそろそろ就職する。この腕を隠しきれるだろうか。
ビジネスの場では包帯を冗談では許してくれないかもしれない。
ふざけていると勘違いされ、無理やり剥がされてしまったら…。
ただ、それだけのことで、目の前の人間…いや、建物を一つや二つ、吹き飛ばしてしまうかもしれないのだ。
闇を抱える優越感。
たしかにそれを感じないわけではなかった。
自分は普通とは違う苦労を背負っているんだと。周りが浅薄に見えた。
罪悪感?
そもそも本当に私の右腕に宿る力がしたことなのか?
もしそうでも不可抗力だろう?
それでも責任を感じているから、こうやって不便な思いで力を封じているんだ。
だけど。
就職を控えた今になって思う。
この程度の優越感では、割に合わない。
自分に使いこなせない能力。
不便は不便だ。
不幸は不幸だ。
その包帯は、だれのため?




