#3 キミはエルフなのか?
落とし穴の底にレンタロウはいた。
周囲はなんとなく土臭い。
尻をついた地面は少し湿っている。
突然、両方の鼻の穴に詰まっていた泥ダンゴが発光した。
車のヘッドライトっぽいんだが……。
首を上げれば、ハイビーム。うつむけば、ロービーム状態になる。
ヒマだったので、レンタロウは、ハイ&ロービームで遊んでいた。
「そこにいるのは、“タキ・レンタロウ”さんですか?」
太陽を背にした何者かが、レンタロウの顔を覗き込んでいる。
長く尖った耳を視認できた。
声とシルエットから察するに少女のようだ。
「エルフか? キミはエルフなのかぁ!」
「うるさいアナタにお願いがあります。そこで死ぬか、アンケートに協力してください」
「なにその2択。協力したら助かるの?」
「確認のため、名前を教えてください」
「滝岡連太郎だ」
「いまハマっているものは何ですか?」
「落とし穴だけど、何か?」
そういや、上を向いたまま草原を爆走中、ココに落ちたんだっけ……。
深さ約10メートル、直径90センチくらいの穴の中で、レンタロウは一人寂しく体育座りをしている。
「いま欲しいものは何ですか?」
「キミの助けだね」
「レンタロウさんは、落とし穴を掘った犯人をご存じですか?」
「知るわけないじゃん……」
「私が掘りました」
「オマエだったんかいっ!」
「これで終了です。ご協力感謝します」
いや、助けてよ……。
虫の居所が悪いのだろうか。
少女のご機嫌をとっておく必要がありそうだ。
「“男子校あるある”とか聞きたくない?」
「結構です!」
「じゃ、早速……。下ネタが放送禁止レベル。ふたつめはね――」
「スライムの角に頭ぶつけて死ね!」
少女は切れ味鋭い言葉を落としてくる。
同時に一枚の金貨が投げ込まれた。
「くれてやるので受け取るといいです」
レンタロウは少々怒りを覚えるが、コネもなければカネも無い。
黙って金貨を受け取っておくことにした。
落とし穴に引きこもっている場合じゃない。
脱出方法を考えなきゃだよな……。
レンタロウがいるのは、10メートルの縦穴。
壁面には手が届くし、登れないことはない。
ボールペン、空き缶と腕時計以外の所持品は?
迷彩柄の上着とズボンのポケットを検める。
ペンギンの絵が書かれた交通系ICカード、ハンカチ。
趣味で作った光る泥ダンゴが10個ほど。
と、丸めて握りしめていた『中年ジャンプ++』。
レジ袋はいいとして、サバゲー用のライフルは無くしてしまったらしい。
財布は諦めよう。けど、スマホがねえ!
上着とズボンのどこを探してもみつからない。
終わった……。
レンタロウは、視界に入り込んできた空き缶を再び手に取った。
パイプを咥えたおじさんが語りかけてくる。
缶コーヒーのBUSS……
傾聴して損したわ!
けど、おじさんに背中を押されたような気がした。
わかったよ。やるよ。ああ、脱出してやるさ。
元の世界に戻って共学の高校に編入してやるんだからな!
両方の頬をたたき、気合いを入れなおした。
――次第に研ぎ澄まされていく五感。
特に聴覚が敏感になっていた。その証拠に、何者かが草を踏みしめるような音を、レンタロウの耳がキャッチした。
「残念なお知らせがあります。アナタは作曲家の“龍廉太郎”さんと間違えられて召喚されたようです」
そういや、追伸まみれのメガミのメモ(女神通信)に書いてあったな……。
「誤召喚ってことは、僕はすぐに元の世界へ帰れるの?」
「わかりません。可愛そうなので、私からプレゼントです。じゃ、これで」
どえらい速度で銀色の金属片3枚が落ちてくる。銀貨のようだ。
声の主は、あまり人の話を聞かない長耳の少女。
戻ってきてくれたようだが、助けてくれる気配は全くない。
「そこの女子。お金はいいから水をくれない?」
「喉が渇いているのなら、底に溜まっているであろう水を飲んでください。おなか壊して死ねばいいのに」
「ダメもとで聞くけど、ロープはないかな?」
「ないです。あっても貸さないです。首を括るなら喜んで差し出しますけど」
そうくると思った。
「水でいいや」
「しかたないですね……」
バレーボールくらいの黄色いブヨっとした物体が、えらい勢いで投下された。
おまえは海外の配送業者かっ!
「なにこれ? 水まくら?」
水風船のような感触。
重さは3キロくらいか。
「植物性のスライムです。中身は飲めますよ」
「匂いは良いけど、表面に草とか付着しているし、犬のフンとかこびり付いてそうじゃない?」
「元気が出ますよ。無農薬栽培ですので安心してください。収穫したばかりで鮮度も抜群です」
栽培というワードが引っ掛かるけど、そこまで言うなら飲んでみるか。
ベタつくスライムの表皮をハンカチで拭う。
後頭部? にボールペンを突き刺してみる。
悲鳴でも上げるかと思ったけどプスッと軽い音がしただけだ。
ビュルッと透明の液体がにじみ出る。
スライム水はベタつくことなくサラサラしている。
プスッ、ブチュッ、ビュルッという音が穴の中で響いた。
擬音祭りかよ……。
レンタロウは、恐る恐るスライムに口を近づける。
柑橘系の香りが立ち込め、飲んでも大丈夫そうな雰囲気を醸し出す。
後味すっきりノンアルコールのレモン・チューハイのような味だ。
3リットルほどのスライム水を、レンタロウは難なく飲み干した。
スライム水で喉を潤してから30分ほど経過。
穴に落ちて1時間ぶりに泣きそうになったころだ。
少女の声が降ってくる。
「その場でジャンプしてみてください。さっき飲んだスライムの成分には身体能力を向上させる効果があります。特に脚力がアップしているはずです」
脚に力がみなぎっている感じがする。
およそ10メートルの縦穴もこれでひとっ飛びというわけだ。
体も軽いし、膝や足首の状態もいい。
黄色いスライムには体力回復の効果もあるようだ。
「試しにヒザを逆方向に折り曲げてみていい?」
「もれなく折れますよ。もう、くだらないこと言ってないで早く出てください」
レンタロウは空き缶とスライムの皮をレジ袋に入れる。
ゴミはきちんと持って帰るのだ。
薄暗いなか、忘れ物がないか足元を指さし確認。
「グズですね。まだですか? 死ねばいいのに」
「わかったから、そう急かさないでよ。それでさ、飛ぶときの掛け声は何がいいと思う?」
「いいから黙って飛んでください」
レンタロウはスクワットをする感じでヒザを曲げ、太ももあたりに力をこめる。
「黙って飛んでくださいぃ! からの、中年ジャ~ンプぅ!」
とっさに思いついた言葉を掛け声にして、レンタロウは全力で飛んでみる。
「おい、レンタロウ! “黙って飛んでください”を掛け声にすんな!」
レンタロウの体が宙に浮く。
穴の出口まで1メートルくらいまでは届いた。
だめだ。距離がたりない。ジャンプに“プラス”を足せば余裕だったのか……。
一心に手を伸ばし、落とし穴のフチに手をかける。
腕にグイと力をこめて懸垂でなんとか穴ぼこから顔を出した。
「ぎゃああ!」
思いもよらぬプレゼントに、レンタロウは悲鳴をあげた。
しゃがみこんだ少女の足の間からパンツが見えていたのだ。
目を覆い隠そうと手を放してしまい、落とし穴へと舞い戻ってしまう。
だが、エルフのパンツを見られるなんてレアな経験。
「ごちそうさまでした。目の保養になりました」
いまだに、ヒザの隙間から見えている少女のパンツに合掌。
余韻に浸りながら、レンタロウは穴の底へと落ちていく――。
「さっきから何をやっているのですか? ホントにうるさい人ですね。生まれたてのバカですか?」
穴から這い上がったレンタロウに、少女が温かい言葉をかけてくれる。
スライム水のおかげだろうか。
何度頭を強打しても、少女に何を言われても、レンタロウは死ぬ気がしなかった。
ようやく少女の顔を拝むときが来た。
“死ねばいいのに”など、絶えずレンタロウを勇気づけてくれた心やさしい少女は、きっと可愛いに違いない。
美少女といえばエルフ。
エルフは“美少女のホームラン王です!”だっけ?
高鳴る鼓動。
膨らむ妄想。
レンタロウは、期待で視力が上昇した目を少女の足先へと向ける。
スネ→ヒザ→パンツの順に観察。
網膜と脳裏にしっかりと焼き付ける。
もう一度パンツ。いや、そろそろ殴られそうだからヤメておこう。
レンタロウは、ゆっくりと顔をあげる。
少女の顔面に熱視線を送った――。
「ぎゃああ!!!」
ゴブリンだった。




