第98話 和田家、最初の崩れ
和田義盛が沈黙を選んで三日目。
──鎌倉の空気は、昨日よりもさらに重かった。
「和田殿の家臣が……動いているらしい」
「京の影が、和田家の中に入り込んでいる」
「義時殿は……どうするのだろう」
(鎌倉は今、
“音のしない崩壊”の真ん中にいる)
義時が政子の屋敷へ駆け込んできた。
「姉上……!
和田家の家臣が……
“勝手に兵を集め始めた”との報せが……!」
私は即座に立ち上がった。
「義盛の命令ではないわね」
義時は苦い顔で頷いた。
「はい……
和田殿は“知らぬ”と言っています」
(来た……
“裏切りは本人ではなく、周囲から始まる”
その典型)
「義時。
これは“和田家の内部崩壊”よ」
義時の表情が変わった。
「姉上……
和田殿は……
もう止められないのでしょうか」
「まだよ。
でも──
“時間”はもう味方ではない」
*
──和田義盛の屋敷。
義盛は、
家臣たちの騒ぎを前に、
ただ立ち尽くしていた。
「殿!
京は義時殿を朝敵と見ております!」
「鎌倉が滅びる前に、
和田家は動くべきです!」
義盛は怒鳴った。
「黙れ!
私はまだ決めていない!」
しかし──
家臣たちは止まらなかった。
「殿が決めぬなら、
我らが決めます!」
義盛の顔が青ざめた。
「お前たち……
私を差し置いて……
勝手に動く気か……!」
家臣の一人が言った。
「殿。
“決めない”というのは、
最も危うい選択にございます」
義盛は拳を震わせた。
(義盛……
あなたの迷いが、
家臣たちを“暴走”させ始めた)
*
──政所。
義時が報告を伝えると、
御家人たちの空気が一気に変わった。
「和田家が……勝手に兵を……?」
「これは……裏切りでは……?」
「いや、義盛殿はまだ……!」
義時は声を張った。
「皆!
和田殿は裏切っていない!
動いているのは“家臣”だ!」
しかし──
その言葉に反応したのは、
昨日とは別の御家人だった。
「義時殿。
家臣が動けば、
それは“家”が動いたのと同じだ」
空気が凍った。
義時は言葉を失った。
(義時……
あなたは“正しさ”で戦おうとしている。
でも今必要なのは“空気を変える力”)
私は前に出た。
「皆。
和田家の家臣が動いたのは事実よ」
ざわめきが広がる。
「でも──
それは“和田義盛が裏切った”からではない」
空気が止まった。
「義盛は迷っている。
迷っている主の周囲は、
必ず“暴走”する」
義村が息を呑んだ。
「つまり……
和田殿を支えれば、
家臣たちも止まる……?」
「ええ。
“主を支える”ことが、
“家を守る”ことになるのよ」
御家人たちの表情が変わった。
義時は深く頭を下げた。
「皆……
和田殿を信じてほしい。
彼は鎌倉を裏切らない」
(義時……
あなたの声が、
ようやく“鎌倉の空気”を変え始めた)
*
──その頃、京。
後鳥羽院は報告を聞き、
静かに笑った。
「和田家の家臣が動いたか。
良い兆しだ」
侍従が言った。
「鎌倉は政子様と義時殿が
和田殿を支えております」
後鳥羽院は扇を閉じた。
「ならば──
“家臣”から崩す」
行成は息を呑んだ。
(政子殿……
京は本気で“和田家”を奪いに来る)
*
──夜。
政子は灯りの下で筆を取った。
(頼朝さん……
鎌倉は今、
“静かな崩れ”の真ん中にいる)
筆が走る。
「……和田家。
この家の揺れが、
鎌倉の未来を決める」
政子は筆を置いた。
静かに、
しかし確かに──
鎌倉の底が、またひとつ鳴った。




