第97話 揺れる和田、動き出す影
和田義盛が沈黙を選んで二日目。
──鎌倉の空気が変わった。
昨日までの“静かな割れ目”が、
今日は“見えない圧力”へと形を変えていた。
「和田殿は……まだ決めていないらしい」
「京の影が動いている」
「義時殿は……大丈夫なのか」
(鎌倉は今、
“音のしない崩れ方”をしている)
義時が政子の屋敷へ現れた。
その顔は、昨日よりもさらに険しい。
「姉上……
和田殿の家臣の一部が、
“京と通じている”という噂が……」
私は即座に言った。
「噂じゃないわ。
京はもう“和田の周囲”を固め始めている」
義時は息を呑んだ。
「姉上……
和田殿は……
京につくのでしょうか」
「まだよ。
でも──
“周り”が先に動く可能性はある」
義時の表情が変わった。
(そう……
義時はようやく気づき始めた
“裏切りは本人ではなく、周囲から始まる”)
*
──和田義盛の屋敷。
義盛は、
京からの密書を前に、
深く息を吐いていた。
「……政子様は、
私を信じると言った」
そこへ、
家臣の一人が駆け込んできた。
「殿……!
京の使いが……
“再び”鎌倉に入ったとの報せが……!」
義盛の目が揺れた。
「またか……
院は……
どこまで私を揺らすつもりだ……」
家臣は言った。
「殿……
京につくべきだという声が、
家中でも増えております」
義盛は拳を握った。
「……私は……
まだ決めていない」
家臣は静かに言った。
「殿。
“決めない”というのは、
最も危うい選択にございます」
義盛は言葉を失った。
(和田義盛……
あなたの迷いは、
もう“家中の迷い”になっている)
*
──政所。
御家人たちが集まっていた。
しかし、昨日までのような議論はない。
代わりに──
“視線”が飛び交っていた。
「和田殿は……どう動く」
「義時殿は……大丈夫なのか」
「政子様は……何を考えている」
義時が前に出た。
「皆。
和田殿は裏切っていない。
疑うのは早い」
しかし──
その言葉に反応したのは、
昨日とは別の御家人だった。
「義時殿。
和田殿が裏切っていないのは分かる。
だが……
“和田の家臣”はどうだ」
空気が止まった。
義時は言葉を失った。
(義時……
あなたは“本人”しか見ていない。
でも今揺れているのは“周囲”)
私は前に出た。
「皆。
和田殿の家臣が揺れているのは事実よ」
御家人たちがざわつく。
「だが──
それは“和田殿が揺れているから”ではない」
空気が変わった。
「和田殿は、
“まだ決めていない”。
だからこそ、
周囲が勝手に動き始めているのよ」
義村が息を呑んだ。
「つまり……
和田殿を支えれば、
家臣たちも戻る……?」
「ええ。
“揺れる主”には、
“支える仲間”が必要なの」
御家人たちの表情が変わった。
義時は深く頭を下げた。
「皆……
和田殿を信じてほしい。
彼は鎌倉を裏切らない」
(義時……
あなたの声が、
ようやく“鎌倉の空気”を変え始めた)
*
──その頃、京。
後鳥羽院は報告を聞き、
静かに笑った。
「和田の家臣が揺れ始めたか。
良い兆しだ」
侍従が言った。
「鎌倉は政子様と義時殿が
和田殿を支えております」
後鳥羽院は扇を閉じた。
「ならば──
“家臣”から崩す」
行成は息を呑んだ。
(政子殿……
京は本気で“和田家”を奪いに来る)
*
──夜。
政子は灯りの下で筆を取った。
(頼朝さん……
鎌倉は今、
“見えない線”で分かれ始めている)
筆が走る。
「……和田義盛。
この男の周囲が動き始めた」
政子は筆を置いた。
静かに、
しかし確かに──
鎌倉の底が、またひとつ鳴った。




