第94話 義時を討て──囁きが走る
京が政子を呼び出した翌日。
──鎌倉の空気が変わった。
昨日までの“政子への不安”が、
今日は“義時への恐れ”へと形を変えていた。
「京は義時殿を朝敵と見ている」
「政子様まで狙われている」
「北条が前に出すぎているのでは……?」
(京の狙い通りね。
“絆”を裂くための揺さぶり)
義時が政子の屋敷へ駆け込んできた。
「姉上……!
政所で……
“義時殿を討つべきだ”という声が……
上がりました……!」
私は一瞬、息を止めた。
(来た……
京の“第三の刃”
ついに鎌倉内部で“義時討ち”が囁かれた)
「誰が言ったの?」
義時は苦い顔をした。
「……和田義盛です」
(最悪の相手……
義盛は“揺れやすい”し、
“力を持つ”)
私は即座に立ち上がった。
「義時。
政所へ行くわよ」
義時は驚いた。
「姉上……危険です……!」
「危険だから行くのよ。
“火”は、燃え広がる前に踏みつぶす」
*
──政所。
和田義盛が、
大声で怒鳴っていた。
「京が義時殿を朝敵と見ている以上、
鎌倉は義時殿を差し出すべきだ!」
御家人たちがざわつく。
「確かに……」
「京を敵に回すのは……」
「義時殿を守れば鎌倉が危うい……」
義時は顔を青ざめさせた。
「私は……
鎌倉のために働いてきた……!」
義盛は怒鳴った。
「それでも京が“敵”と言えば敵だ!
鎌倉が朝敵とされれば、
我らは皆、滅びる!」
(義盛……
あなたは“恐れ”に飲まれている)
私は前に出た。
「義盛。
あなたの言い分は理解するわ」
義盛が驚いた顔をした。
「政子様……?」
私は続けた。
「でも──
義時を差し出した瞬間、
鎌倉は“京の属国”になる」
空気が止まった。
「京は“義時を倒せ”と言った。
次は“政子を差し出せ”と言う。
その次は“鎌倉を明け渡せ”と言う」
義盛の目が揺れた。
「そ、それは……」
「義盛。
あなたは鎌倉を守りたいのでしょう?」
義盛は拳を握った。
「……もちろんだ」
「ならば──
義時を討つことは、
鎌倉を滅ぼすことよ」
御家人たちの空気が変わった。
義村が言った。
「政子様の言う通りだ……
義時殿を討てば、
京の思うつぼだ」
義盛は目を閉じた。
「……政子様。
私は……
間違っていたのかもしれぬ」
(よし……
“第三の裏切り”も、ひとまず抑えた)
義時は深く頭を下げた。
「義盛殿……
私は鎌倉のために働く。
これからもだ」
義盛は頷いた。
「義時殿……
信じよう」
*
──その頃、京。
後鳥羽院は報告を聞き、
静かに笑った。
「和田義盛は揺れたか。
だが……
まだ折れていない」
侍従が言った。
「鎌倉は政子様が義時殿を支えております」
後鳥羽院は扇を閉じた。
「ならば──
次は“和田を切り離す”」
行成は息を呑んだ。
(政子殿……
京は本気で鎌倉を割りに来る)
*
──夜。鎌倉。
私は灯りの下で筆を取った。
(頼朝さん……
あなたの死は、
京を動かし、
鎌倉を揺らし、
義時を“標的”に変えた)
筆が走る。
「……京は次に“和田”を狙う」
私は静かに笑った。
──悪女は、
火種が燃え上がる瞬間を見逃さない。
そしてこの日、
**鎌倉内部で“義時を討て”という囁きが走り、
京は次の標的を“和田義盛”へと定めた。




