第91話 火種、ついに燃え上がる
京の密命が鎌倉に落ちて二日目。
──空気が変わった。
喪の静けさはまだ残っている。
だが、その下で何かが蠢いている。
「北条義時は朝敵だ」
「京がそう言っているらしい」
「鎌倉は……割れるのか……?」
噂は、火のように広がっていた。
(京の狙い通りね。
“揺らぎ”は、もう町に根を張った)
義時が政子の屋敷へ飛び込んできた。
「姉上……!
御家人たちの一部が……
“義時殿を糺問すべき”と
言い始めました……!」
その声は震えていた。
だが、目は逃げていない。
私は即座に立ち上がった。
「義時。
もう“守り”では間に合わないわ」
義時が息を呑む。
「姉上……?」
「京はあなたを潰しに来た。
なら──
こちらは“潰されない形”を作るしかない」
義時の表情が変わった。
(そう……
義時の中で“覚悟”が形になり始めた)
*
──政所。
御家人たちがざわついていた。
昨日までの沈黙とは違う。
今日は“疑い”が空気を支配している。
「義時殿は京に睨まれている」
「鎌倉のために、一度糺問すべきでは……?」
「いや、北条がいなければ鎌倉は崩れる……!」
義時が前に出た。
「皆……
私は潔白だ。
京の言葉に惑わされるな」
しかし──
その声は空気に飲まれた。
(義時……
まだ“光”にはなりきれていない)
私は一歩前に出た。
「皆。
京の狙いは“義時を倒すこと”ではないわ」
空気が止まった。
「京の狙いは──
“鎌倉を割ること”。
義時を疑わせ、
鎌倉を内部から崩すことよ」
御家人たちが息を呑む。
義村が言った。
「では……
京は最初から……
鎌倉を敵と……?」
「ええ。
頼朝さんの死を“好機”と見たのよ」
義盛が拳を握った。
「京め……!」
私は続けた。
「だからこそ──
義時を守ることが、
鎌倉を守ることになる」
空気が変わった。
疑いが、少しずつ“覚悟”へ変わっていく。
義時が深く頭を下げた。
「皆……
私は鎌倉のために働く。
これからもだ」
その声は震えていない。
(義時……
あなたはもう“柱”になり始めている)
*
──その頃、京。
後鳥羽院は報告を聞き、
静かに笑った。
「北条義時……
まだ折れぬか」
侍従が言った。
「鎌倉は……
政子様が義時殿を支えているようです」
後鳥羽院は扇を閉じた。
「ならば──
次は“政子”を揺らす」
(来た……
京の次の刃)
行成は目を閉じた。
(政子殿……
あなたの光は、
京を本気にさせてしまった)
*
──夜。鎌倉。
私は灯りの下で筆を取った。
(頼朝さん……
あなたの死は、
京を動かし、
鎌倉を揺らし、
義時を“柱”に変えつつある)
筆が走る。
「……京は次に“政子”を狙う」
私は静かに笑った。
──悪女は、
狙われる瞬間こそ強くなる。
そしてこの日、
**京の刃は義時を揺らし、
次の標的を“政子”へと定めた。
鎌倉と京の衝突は、もう止まらない。**




