第90話 揺らぎの種、鎌倉の土に落ちる
頼朝が逝って七日目。
鎌倉はまだ喪に沈んでいた。
しかし──
その静けさの底で、
確実に“何か”が動き始めていた。
「京からの密命……」
「北条義時を糺問せよ……?」
「鎌倉は……どうなる……?」
町の声は震え、
御家人たちの表情には不安が浮かんでいた。
(そう……
京の刃は、鎌倉の“心”に刺さる)
義時が政子の屋敷へ現れた。
その顔は、
これまでで一番強張っていた。
「姉上……
御家人たちの間で……
“義時殿は京に睨まれている”
という噂が広がっています」
私は静かに頷いた。
「広がるわよ。
京の密使が“わざと”言い残していったのだから」
義時は拳を握った。
「姉上……
私は……
鎌倉のために働いてきたのに……
なぜ……!」
私は義時の肩に手を置いた。
「義時。
あなたが“鎌倉の柱”になり始めたからよ。
京はそれを恐れている」
義時は息を呑んだ。
(義時……
あなたはまだ気づいていない。
あなたの存在が、京にとって“脅威”になり始めていることに)
*
──政所。
御家人たちが集まっていた。
その空気は、
昨日よりもさらに重かった。
義村が口を開いた。
「義時殿……
京の密使が言っていた“糺問”の件……
本当に無視してよいのか……?」
義時は強張った声で言った。
「無視するしかない。
鎌倉は京の命令で動かない」
しかし──
その言葉は空気に吸い込まれ、
誰の心にも届かなかった。
(そう……
義時はまだ“光”ではない)
別の御家人が言った。
「だが……
京が本気で義時殿を疑っているなら……
鎌倉は……
朝敵と見なされるのでは……?」
空気がざわめいた。
義時の顔が青ざめる。
「私は……
何もしていない……!」
義盛が低く言った。
「義時殿が潔白なのは分かっている。
だが……
京が“そうではない”と言えば……
それが事実になる」
(来た……
京の“影の論理”)
私は前に出た。
「皆。
京の言葉に惑わされないで」
御家人たちの視線が集まる。
私は続けた。
「京は“北条を揺らせば鎌倉が揺れる”と
考えている。
だから──
義時を狙ったのよ」
義村が息を呑んだ。
「つまり……
京は鎌倉を割ろうとしている……?」
「ええ。
“内部崩壊”こそ、
京の狙いよ」
御家人たちの表情が変わった。
義時は震える声で言った。
「姉上……
私は……
どうすれば……?」
私は義時の手を握った。
「義時。
あなたは揺れないこと。
揺れなければ、
鎌倉は揺れない」
義時の目に、
強い光が宿った。
「……はい」
*
──その頃、京。
後鳥羽院は、
鎌倉の動きを聞きながら微笑んでいた。
「北条義時……
揺れ始めたか」
侍従が言った。
「院……
鎌倉はまだ喪に沈んでおります」
後鳥羽院は扇を閉じた。
「喪こそ……
揺らすには最適の時だ」
(来た……
京の“本気の攻勢”)
後鳥羽院は静かに言った。
「行成。
そなたの役目は……
これからが本番だ」
行成は目を閉じた。
「……承知いたしました」
(政子殿……
あなたの光は、
京を刺激しすぎた)
*
──夜。鎌倉。
私は灯りの下で筆を取った。
(頼朝さん……
あなたの死は、
京を動かし、
鎌倉を揺らした)
筆が走る。
「……京は“内部崩壊”を狙う」
私は静かに笑った。
──悪女は、
揺らぎの種が落ちる瞬間を見逃さない。
そしてこの日、
**京の密命は鎌倉の土に落ち、
御家人たちの心に“揺らぎの種”を植えつけた。
戦の影は、確実に近づいている。**




