第89話 京の密命、鎌倉の心臓へ
頼朝が逝って六日目。
鎌倉はまだ深い喪に沈んでいた。
町の声は小さく、
人々の足取りは重い。
「鎌倉殿が……もういないなんて……」
「政子様は……どうされているのか……」
「北条殿が前に出るのか……?」
(そう……
光を失った町の空気)
義時が政子の屋敷へ駆け込んできた。
「姉上……!
京からの使者が……
“密命”を帯びて鎌倉に入ったとの報せが……!」
私は息を吸った。
(ついに来た……
“密命”という名の刃)
「義時。
京はもう“探り”では満足しない。
今度は──
“揺らすための命令”を持ってきたのよ」
義時は顔を強張らせた。
「姉上……
京は……
鎌倉を敵と見なした……?」
「ええ。
そして──
狙いはあなたよ」
義時は息を呑んだ。
*
──政所。
京からの密使が到着した。
昨日の使者とは違う。
喪服ではなく、
黒い直衣をまとい、
目は鋭く光っている。
「北条義時殿に……
“院よりの密命”を伝えに参った」
政所の空気が凍った。
義村が低く言った。
「密命……?」
義盛が眉をひそめた。
「これは……
ただの弔問ではない……」
密使は文を取り出した。
「院のお言葉──
“北条義時、鎌倉を乱す者なり”」
政所がざわめいた。
義時の顔が青ざめる。
「な……
何を……!」
密使は続けた。
「“義時を糺問せよ”
これが院の御意である」
義村が叫んだ。
「糺問……!?
つまり……
義時殿を“裁け”ということか……!」
義盛が拳を握った。
「京は……
北条を潰しに来た……!」
義時は震える声で言った。
「私は……
何もしていない……!」
密使は冷たく言った。
「“していない”かどうかは、
院が決めること」
(来た……
京の“本気の刃”)
私は前に出た。
「その文は無効よ」
密使の目が細くなった。
「政子様……
院の御意を……
無効と申されるか」
「ええ。
鎌倉は鎌倉で裁く。
京の命令で動くことはないわ」
密使は笑った。
「政子様……
あなたは強い。
だが──
“鎌倉は光を失った”」
私は静かに言った。
「光は……
受け継がれるものよ」
密使の笑みが消えた。
「……承知いたしました。
では、院へそのまま伝えましょう」
*
──政所を出た後。
義時は深刻な顔で言った。
「姉上……
京は……
私を“敵”と決めた……?」
私は静かに頷いた。
「ええ。
京は“北条を倒せば鎌倉が崩れる”と
考えている」
義時は拳を握った。
「姉上……
私は……
鎌倉を守ります。
たとえ京が敵でも……!」
私は義時の肩に手を置いた。
「義時。
あなたはもう“頼朝の影”じゃない。
鎌倉の“心臓”よ」
義時の目に、
強い光が宿った。
*
──夜。
私は灯りの下で筆を取った。
(頼朝さん……
あなたの死は、
京を動かし、
鎌倉を揺らした)
筆が走る。
「……京は“義時討ち”を始めた」
私は静かに笑った。
──悪女は、
刃が心臓に向かう瞬間を見逃さない。
そしてこの日、
**京は“義時糺問”という名の刃を送り、
鎌倉の心臓を狙い始めた。
戦の影が、確実に近づいている。**




