第88話 京の刃、鎌倉の喪を裂く
頼朝が逝って五日目。
鎌倉はまだ深い喪に沈んでいた。
町の声は小さく、
人々の足取りは重い。
「鎌倉殿が……本当に……」
「政子様は……どうされているのか……」
「北条殿が前に出るのか……?」
(そう……
光を失った町の空気)
義時が政子の屋敷へ駆け込んできた。
「姉上……!
京からの使者が……
“鎌倉殿の死を悼む”と称して
政所へ向かっています……!」
私は息を吸った。
(来たわね……
“悼む”という名の刃)
「義時。
京は弔問などしないわ。
これは“探り”よ」
義時は顔を強張らせた。
「姉上……
京は……
鎌倉の内部を見に来た……?」
「ええ。
“空白”を確かめに来たのよ」
*
──政所。
京からの使者が到着した。
その男は、
深い喪服をまとい、
静かに頭を下げた。
「鎌倉殿のご逝去……
誠に痛惜に存じます」
その声は柔らかい。
だが──
その目は笑っていなかった。
義時が前に出た。
「ご丁寧に……
しかし、鎌倉は今、
喪に服しております。
用件は簡潔に願いたい」
使者は微笑んだ。
「もちろん。
ただ──
院よりの御言葉を
お伝えに参っただけにございます」
私は息を呑んだ。
(“院より”……
つまり後鳥羽院の直言)
使者は文を取り出した。
「院のお言葉──
“鎌倉の次の形、
しかと見届ける”」
政所の空気が凍った。
義村が低く言った。
「……見届ける……?」
義盛が眉をひそめた。
「それは……
鎌倉の内情を……
京が“監視する”という意味か……?」
使者は微笑んだまま言った。
「鎌倉が乱れぬよう、
院は“お心を寄せておられる”のです」
(お心を寄せる……
つまり“揺らす”ということ)
義時が一歩前に出た。
「京は……
鎌倉を疑っているのか」
使者は首を振った。
「疑ってなどおりませぬ。
ただ──
“北条が力を握りすぎている”
という声が、
京にも届いておりますゆえ」
政所がざわめいた。
義時の顔が強張る。
(来た……
京の“刃”が)
私は前に出た。
「その声は、
京が流したものよ」
使者の目が細くなった。
「政子様……
そのような言い方は……」
「事実よ。
京は“北条を揺らせば鎌倉が揺れる”と
考えている」
使者は微笑んだ。
「政子様は……
相変わらず鋭い」
(褒め言葉ではないわね)
私は続けた。
「京に伝えて。
鎌倉は揺れない。
北条は揺れない。
そして──
私は揺れない」
使者の笑みが消えた。
「……承知いたしました」
*
──政所を出た後。
義時は深刻な顔で言った。
「姉上……
京は……
鎌倉を“敵”と見なした……?」
私は静かに頷いた。
「ええ。
頼朝さんの死で生まれた“空白”を、
京は埋めに来たのよ」
義時は拳を握った。
「姉上……
私は……
鎌倉を守ります」
私は義時の肩に手を置いた。
「義時。
これからの鎌倉は、
あなたと私が作るのよ」
義時の目に、
強い光が宿った。
*
──夜。
私は灯りの下で筆を取った。
(頼朝さん……
あなたの死は、
京を動かし、
鎌倉を揺らした)
筆が走る。
「……京は“刃”を送った」
私は静かに笑った。
──悪女は、
刃の影を見逃さない。
そしてこの日、
**京は“弔問”を装い、
鎌倉の内部へ刃を送り込んだ。
鎌倉と京の衝突は、もう避けられない。**




