第87話 京、鎌倉の空白へ手を伸ばす
頼朝が逝って四日目。
鎌倉はまだ喪に沈んでいた。
町の声は小さく、
人々の足取りは重い。
「鎌倉殿が……本当に……」
「政子様は……大丈夫なのか……」
「北条殿が前に出るのか……?」
(そう……
光を失った町の空気)
義時が政子の屋敷へ現れた。
「姉上……
御家人たちの間で、
“鎌倉の次の形”を巡る議論が
さらに激しくなっています」
私は静かに頷いた。
「当然よ。
頼朝さんという“中心”が消えたのだから」
義時は眉をひそめた。
「姉上……
私は……
まだ“柱”にはなれていません」
私は義時を見つめた。
「義時。
柱は“なる”ものじゃない。
“立つ”ものよ」
義時の目に、
わずかな光が宿った。
「……はい」
*
──その頃、京。
後鳥羽院は、
鎌倉の混乱を聞きながら
静かに扇を閉じた。
「北条政子と義時……
鎌倉は“女と弟”の時代か」
侍従が言った。
「院……
鎌倉はまだ混乱しております」
後鳥羽院は微笑んだ。
「混乱は……
揺らす者の味方だ」
その微笑みは美しく、
しかし底に冷たい刃があった。
「行成を呼べ」
*
──行成の部屋。
行成は、
頼朝の訃報を聞いた瞬間、
胸の奥が締めつけられた。
(政子殿……
あなたは……
今、どんな顔をしているのだろう)
侍従が告げた。
「行成殿。
院がお呼びです」
行成は深く息を吸った。
(来た……
“次の影”が)
*
──後鳥羽院の御所。
行成が膝をつくと、
後鳥羽院は静かに言った。
「行成。
鎌倉は光を失った。
今こそ──
“揺らす時”だ」
行成は息を呑んだ。
「院……
鎌倉は……
まだ政子殿と義時殿が……」
後鳥羽院は微笑んだ。
「だからこそだ。
“北条”を揺らせば、
鎌倉は必ず崩れる」
行成は震えた。
(政子殿……
あなたの光が……
京を刺激してしまった)
後鳥羽院は続けた。
「行成。
そなたには……
“鎌倉を知る者”としての役目がある」
行成は目を閉じた。
「……承知いたしました」
(政子殿……
私は……
あなたの光を知ってしまった。
だからこそ……
この役目が苦しい)
*
──鎌倉・政子の屋敷。
義時が深刻な顔で言った。
「姉上……
京からの使者が……
“再び”鎌倉へ向かっているとの報せが……」
私は息を吸った。
(来たわね……
京の“直接介入”)
「義時。
京はもう影だけでは揺らせないと悟ったのよ。
だから──
“手”を伸ばしてくる」
義時は息を呑んだ。
「姉上……
これは……
戦の前触れ……?」
私は静かに言った。
「まだよ。
でも──
“戦の準備”は始まったわ」
義時の目に、
強い光が宿った。
「姉上……
私は……
鎌倉を守ります」
私は頷いた。
「ええ。
義時。
これからの鎌倉は、
あなたと私が作るのよ」
*
──夜。
私は灯りの下で筆を取った。
(頼朝さん……
あなたの死は、
京を動かし、
鎌倉を揺らした)
筆が走る。
「……京が“手”を伸ばす」
私は静かに笑った。
──悪女は、
影が形を持つ瞬間を見逃さない。
そしてこの日、
**京は“鎌倉の空白”へ手を伸ばし、
鎌倉はついに“外からの揺さぶり”を受け始めた。**




