第85話 京、沈んだ光を嗅ぎつける
頼朝が逝って二日目。
鎌倉の空気は、まだ重く沈んでいた。
「鎌倉殿が亡くなられた……」
「これから……どうなる……?」
「北条が前に出るのか……?」
町の声は震え、
御家人たちの足取りは重かった。
(そう……
光を失った町の空気)
義時が政子の屋敷へ現れた。
「姉上……
御家人たちの間で……
“北条が力を握りすぎている”という声が……
また出始めています」
私は静かに頷いた。
「予想通りよ。
頼朝さんの死は……
“空白”を生むもの」
義時は拳を握った。
「姉上……
私は……
どう動くべきでしょう……」
私は義時を見つめた。
「義時。
あなたは“頼朝の右腕”ではなく、
“鎌倉の柱”になるのよ」
義時の目に、
わずかな光が宿った。
「……はい」
*
──その頃、京。
後鳥羽院は、
頼朝の訃報を聞いた瞬間、
扇をゆっくりと閉じた。
「……逝ったか」
侍従が震える声で言った。
「院……
鎌倉殿が亡くなられたとの報せが……
東国より届きました」
後鳥羽院は微笑んだ。
その微笑みは美しく、
しかし底に冷たい刃があった。
「鎌倉は……
光を失ったのだな」
侍従は息を呑んだ。
「院……
では……
どう動かれますか……?」
後鳥羽院は立ち上がり、
庭の池を見下ろした。
「“空白”は……
埋める者が強い」
侍従は震えた。
「鎌倉は……
北条が前に出るようですが……」
後鳥羽院は扇を開いた。
「北条……
あの女と、その弟か」
(政子……
義時……
あなたたちの名は、
もう京に届いている)
後鳥羽院は静かに言った。
「行成を呼べ」
*
──行成の部屋。
行成は、
頼朝の訃報を聞いた瞬間、
胸の奥が締めつけられた。
(政子殿……
あなたは……
今、どんな顔をしているのだろう)
侍従が告げた。
「行成殿。
院がお呼びです」
行成は深く息を吸った。
(来た……
“次の影”が)
*
──後鳥羽院の御所。
行成が膝をつくと、
後鳥羽院は静かに言った。
「行成。
鎌倉は光を失った。
今こそ──
“揺らす時”だ」
行成は息を呑んだ。
「院……
鎌倉は……
まだ政子殿と義時殿が……」
後鳥羽院は微笑んだ。
「だからこそだ。
“北条”を揺らせば、
鎌倉は必ず崩れる」
行成は震えた。
(政子殿……
あなたの光が……
京を刺激してしまった)
後鳥羽院は続けた。
「行成。
そなたには……
“鎌倉を知る者”としての役目がある」
行成は目を閉じた。
「……承知いたしました」
(政子殿……
私は……
あなたの光を知ってしまった。
だからこそ……
この役目が苦しい)
*
──夜。鎌倉。
私は灯りの下で筆を取った。
(頼朝さん……
あなたの死は、
京を動かした)
筆が走る。
「……京が本格的に動く」
私は静かに笑った。
──悪女は、
影の動きを見逃さない。
そしてこの日、
**京は“頼朝の死”を嗅ぎつけ、
鎌倉を揺らすための準備を始めた。**




