第8話 鎌倉殿と亀の前と政子、三者が向き合う
亀の前の御殿の前に立つと、
中からは泣き声と、侍女たちの慌ただしい足音が聞こえた。
頼朝は拳を握りしめたまま、扉の前で立ち尽くしている。
「……政子。
私は……どうすればいい」
その声は、怒りではなく迷いだった。
(やっぱりね。
この人、怒ってるんじゃなくて“どうしていいかわからない”だけ)
私は静かに言った。
「まずは、話しましょう。
壊すのは、その後でもできるわ」
頼朝は息を呑んだ。
「……政子。
お前は……本当に……」
「何?」
「……不思議な女だ」
(褒め言葉として受け取っておくわ)
私は扉を開けた。
*
中では、亀の前が泣き腫らした目で座っていた。
「鎌倉殿……政子様……」
頼朝は気まずそうに視線を逸らす。
(ああ、この空気。
銀座で何度も見た“気まずい三角関係”のやつ)
私は二人の間に座った。
「まずは、順番に話しましょう。
誰も責めないで。
ただ、気持ちを言うだけでいいの」
亀の前は震える声で言った。
「鎌倉殿……最近、私のところに来られても……
ずっと黙っていて……
まるで、私が悪いことをしたみたいで……」
頼朝は驚いたように顔を上げた。
「違う!
私は……その……
政子と会った後で……どう接していいかわからなくて……」
(あー……やっぱり“気まずい男”ムーブね)
亀の前は涙をこぼした。
「私……嫌われたのかと……」
頼朝は慌てて首を振った。
「嫌ってなどいない!
むしろ……その……
お前を困らせたくなくて……」
(不器用すぎるわよ、この人)
私は二人を見渡した。
「ね?
誰も悪くないでしょう?」
亀の前は泣きながら頷いた。
頼朝は深く息を吐いた。
「……政子。
お前がいなければ、私は……
このまま御殿を壊していたかもしれん」
(それは本当にやめてほしい)
その瞬間、廊下の侍女たちがざわめいた。
「聞きました!?
政子様が鎌倉殿の怒りを鎮めた……!」
「やはり……恐ろしい……!」
(いや、ただ話を整理しただけよ……)
私はため息をついた。
*
三者の空気が少し落ち着いたところで、
私は静かに言った。
「頼朝さん。
あなたが壊したいのは御殿じゃないわ。
“気まずさ”よ」
頼朝は完全に固まった。
「……政子。
お前は……私の心を読んでいるのか……?」
「読んでないわ。
ただ、あなたの顔を見ればわかるだけ」
頼朝は視線を逸らした。
亀の前は小さく笑った。
「政子様……本当に……すごい方……」
(褒められてるのか、誤解されてるのか、どっちよ)
私は立ち上がった。
「さあ。
今日はもう帰りましょう。
壊す必要なんて、どこにもないわ」
頼朝はゆっくりと頷いた。
「……政子。
お前が言うなら……そうしよう」
その瞬間、廊下の侍女たちが震え上がった。
「見た!?
政子様が鎌倉殿を動かした……!」
「やはり……恐ろしい……!」
(もう好きに言って……)
私は小さく息をついた。
──善意で動いているだけなのに、
なぜか“悪女”扱いが加速していく。
でも、いい。
誤解されても、嫌われても、
私は今日も誰かの心を整える。
それが、私の生き方だから。
そして私は、
**歴史の大事件を“壊さずに”終わらせた。**
だが──
この出来事が、
後に“政子の嫉妬による報復”として語られるとは、
この時の私はまだ知らなかった。




