第77話 光が揺らぐとき
頼朝の病が伝わった翌日。
鎌倉の町は、
まるで冬の海のように重い空気に包まれていた。
「鎌倉殿……大丈夫なのか……」
「政子様が付き添っているらしい」
「北条殿も……顔色が優れぬとか……」
(そう……
空気が沈んでいる。
“光が揺らぐ時”の空気)
義時が政子の屋敷へ駆け込んできた。
「姉上……!
鎌倉殿の容態が……
さらに悪くなりました……!」
私は息を呑んだ。
「行きましょう」
*
──頼朝の館。
部屋に入ると、
頼朝は枕元で苦しげに息をしていた。
昨日よりも、
明らかに弱っている。
「政子……
来てくれたか……」
私はそばに座り、
頼朝の手を握った。
「頼朝さん……
しっかりして……」
頼朝は微笑んだ。
「政子……
私は……
まだ……
お前と……
鎌倉を……」
その声は、
まるで消え入りそうだった。
医師が小声で言った。
「政子様……
鎌倉殿は……
今が峠でございます」
義時が震えた。
「峠……!?
医師殿……
鎌倉殿は……!」
医師は首を振った。
「今は……
祈るしかございません」
(祈るしかない……
そんな言葉、聞きたくなかった)
頼朝は私の手を強く握った。
「政子……
お前が……
光だ……
鎌倉を……
頼む……」
私は涙をこらえた。
「頼朝さん……
あなたがいない鎌倉なんて……
考えられない……」
頼朝は目を閉じた。
「政子……
私は……
お前に……
出会えて……
よかった……」
その瞬間、
頼朝の手から力が抜けた。
「頼朝さん……!
頼朝さん……!」
医師が駆け寄る。
「政子様……!
まだ息はあります……!
しかし……!」
義時が震える声で言った。
「姉上……
鎌倉殿は……
危ない……!」
私は頼朝の手を握りしめた。
(頼朝さん……
まだ行かないで……
あなたがいなければ……
鎌倉は……)
*
──館を出た後。
義時は深刻な顔で言った。
「姉上……
鎌倉殿の病……
これは……
鎌倉そのものの揺らぎです」
私は頷いた。
「ええ。
頼朝さんの光が弱まれば、
鎌倉は揺れる。
京はそれを待っている」
義時は拳を握った。
「姉上……
私は……
鎌倉を守ります。
たとえ……
鎌倉殿が……!」
私は義時の肩に手を置いた。
「義時。
あなたがいる限り、
鎌倉は揺れないわ」
義時は深く頷いた。
「姉上……
私は……
覚悟を決めます」
(義時……
あなたの覚悟が、
これからの鎌倉を支える)
*
──夜。
私は灯りの下で筆を取った。
(頼朝さん……
あなたの光が揺らいでいる。
でも──
光が揺らぐ時、
影は必ず動く)
筆が走る。
「……京が次の手を打つ」
私は静かに笑った。
──悪女は、
光が揺らぐ瞬間を見逃さない。
そしてこの日、
**頼朝の病は悪化し、
鎌倉全体に“言葉にできない不安”が広がった。
京の影は、確実に近づいている。**




