第72話 京、鎌倉を揺らすための一手
行成が去った後の御所は、
静かで、しかしどこか張り詰めていた。
後鳥羽院は、
文机の前で一人、
ゆっくりと扇を開いたり閉じたりしていた。
(鎌倉の光……
北条政子……
あの女が、頼朝を支えているというのか)
侍従が控えめに声をかけた。
「院……
行成殿の報告、
いかが受け止められますか」
後鳥羽院は扇を閉じた。
「鎌倉は……
想像以上に“整っている”」
侍従は息を呑んだ。
「では……
朝廷の影は……?」
「届かぬ。
あの女がいる限り」
後鳥羽院の声は静かだったが、
その奥にある怒りは隠しきれなかった。
「政子……
女の身でありながら、
鎌倉を一つにまとめるとは……」
侍従は慎重に言葉を選んだ。
「院……
鎌倉を揺らすには……
どうなさるおつもりで……?」
後鳥羽院は立ち上がり、
庭の池を見下ろした。
「“鎌倉そのもの”を揺らす」
侍従は震えた。
「鎌倉……そのもの……?」
「政子を揺らしても意味はない。
あの女は揺れぬ。
ならば──
“鎌倉の根”を揺らすのだ」
後鳥羽院は扇を開き、
静かに言った。
「まずは……
“北条”を狙う」
侍従の顔色が変わった。
「北条……!
しかし……
北条は鎌倉の中心……!」
「だからこそだ。
北条が揺れれば、
鎌倉は必ず揺らぐ」
後鳥羽院は続けた。
「義時……
あの男は政子と共に鎌倉を支えている。
ならば──
義時を孤立させる」
侍従は息を呑んだ。
「義時を……
孤立……?」
「そうだ。
鎌倉の御家人たちに“疑い”を植え付ける。
“北条は権を握りすぎている”と」
後鳥羽院の声は、
まるで静かな刃のようだった。
「鎌倉を揺らすのは、
刀ではない。
“空気”だ」
侍従は深く頭を下げた。
「院……
では、まず何を……?」
後鳥羽院は扇を閉じた。
「“密書”を送る。
鎌倉の有力御家人たちへ」
侍従は震えた。
「密書……
内容は……?」
後鳥羽院は微笑んだ。
「“北条義時、朝廷に背く”」
侍従は言葉を失った。
(これが……
京の“影の一手”……)
後鳥羽院は静かに言った。
「鎌倉は光に満ちている。
ならば──
影を落とせばよい」
*
──夜。京の町。
行成は一人、
御所を離れた道を歩いていた。
(政子殿……
あなたの光は……
京を動かしてしまった)
空気が変わる。
国が動き始める。
行成は空を見上げた。
「鎌倉……
これからが本当の戦だ……」
──京が動いた。
鎌倉を揺らすために。
そしてこの日、
**後鳥羽院は“北条義時孤立化”の密書を放ち、
鎌倉への最初の影を落とした。**




