第71話 京、鎌倉の光を恐れる
行成が京へ戻ったのは、
夕暮れが朱に染まる頃だった。
都の空気は、
鎌倉とは違う静けさをまとっている。
柔らかく、しかしどこか濁っている。
(ああ……
この空気だ。
私は……
この空気に縛られていた)
行成は、
後鳥羽院の御所へ向かった。
侍従が低く告げる。
「行成殿。
院がお待ちです」
*
──後鳥羽院の御所。
後鳥羽院は、
文机の前で静かに筆を走らせていた。
その姿は美しく、
しかしどこか鋭い。
光を纏いながら、
影を孕んでいる。
(この方こそ……
“京の本体”)
行成は深く頭を下げた。
「院……
鎌倉より戻りました」
後鳥羽院は筆を置き、
行成を見た。
「……で、どうであった」
その声は柔らかいのに、
心の奥を刺すような鋭さがある。
行成は震える息を整えた。
「鎌倉は……
揺れておりませぬ」
後鳥羽院の眉がわずかに動いた。
「揺れておらぬ……?
我が文を見せたはずだが」
「はい。
しかし──
北条政子が……
すべてを整えてしまいました」
後鳥羽院の目が細くなる。
「政子……
あの女か」
行成は続けた。
「院。
あの女は……
鎌倉殿を支えております。
覆い隠すのではなく、
“隣に立つ者”として」
後鳥羽院の指が止まった。
「隣に……?」
「はい。
鎌倉殿は……
政子を選びました」
御所の空気が、
一瞬で冷えた。
後鳥羽院は静かに言った。
「行成。
そなたは……
鎌倉に敗れたのだな」
行成は膝をついた。
「はい……
政子殿は……
光のような女でした。
影では勝てませぬ」
後鳥羽院は目を閉じた。
「光……か。
ならば──
その光を消さねばならぬ」
行成は息を呑んだ。
(ああ……
この方は……
“光を恐れる”のだ)
後鳥羽院は静かに続けた。
「鎌倉は強くなりすぎた。
頼朝だけではない。
政子という女が、
鎌倉を一つにまとめている」
行成は震えた。
「院……
鎌倉を……
どうなさるおつもりですか……?」
後鳥羽院は微笑んだ。
その微笑みは美しく、
しかし底に冷たい刃があった。
「行成。
そなたの役目は終わりだ。
次は──
“我が手”で鎌倉を揺らす」
行成の背筋が凍った。
(来る……
“本当の影”が……)
後鳥羽院は立ち上がり、
夕暮れの空を見上げた。
「鎌倉の光よ。
我が影で覆ってみせよう」
その声は、
静かで、
しかし確かな“宣戦布告”だった。
*
──夜。
行成は一人、
京の町を歩いていた。
(政子殿……
あなたの光は……
京を動かしてしまった)
空気が変わる。
国が動き始める。
行成は空を見上げた。
「政子殿……
次に来る影は……
私では止められませぬ……」
──京が動く。
鎌倉を揺らすために。
そしてこの日、
**後鳥羽院は“鎌倉討伐”の最初の一歩を踏み出した。**




