第70話 政子、次の影を感じ取る
行成が鎌倉を去った翌朝。
町は静かだった。
だがその静けさは、
昨日までの“揺れ”とは違う。
「行成殿は……京へ戻られた」
「鎌倉は……落ち着いたのか……?」
「いや……何かが変わった気がする……」
(そう。
空気が変わった。
“影が去った後の静けさ”)
義時が屋敷へ駆け込んできた。
「姉上……!
行成殿は本当に帰りました。
鎌倉の空気は……
落ち着いております」
私は静かに頷いた。
「ええ。
でも──
落ち着きは“終わり”ではないわ」
義時は眉をひそめた。
「姉上……
どういう意味です……?」
私は外の空気を感じるように目を閉じた。
「影はね、
一度消えても、
必ず“次の影”が生まれるの」
義時は息を呑んだ。
「京が……
また何かを……?」
私は微笑んだ。
「京は動くわ。
行成殿が見た“鎌倉の光”を、
京は必ず恐れるもの」
義時は震えた。
「姉上……
では……
次は……?」
私は静かに言った。
「“朝廷そのもの”が動く」
空気が一瞬で重くなった。
義時は拳を握った。
「姉上……
鎌倉は……
戦になるのですか……?」
私は首を振った。
「まだよ。
でも──
影は必ず形を変えて戻ってくる」
義時は深く息を吐いた。
「姉上……
あなたは……
すでに次を見ているのですね……」
私は静かに言った。
「行成殿は“影の先触れ”にすぎない。
本当の影は、
もっと大きく、
もっと深いところから来る」
義時は震えた声で言った。
「姉上……
それは……
朝廷の……?」
私は頷いた。
「ええ。
“京の本体”よ」
*
──頼朝の館。
頼朝は静かに言った。
「政子……
行成は去った。
だが……
京はこれで終わらぬな」
私は微笑んだ。
「頼朝さん。
あなたが光を選んだ以上、
影は必ずあなたを追うわ」
頼朝は目を閉じた。
「政子……
私は……
お前がいれば恐れぬ」
私は静かに言った。
「恐れなくていい。
でも──
備えなければならない」
頼朝は頷いた。
「政子……
次に来る影は……
大きいのだな」
私は静かに答えた。
「ええ。
“国を揺らす影”よ」
*
──夜。
私は灯りの下で筆を取った。
(行成。
あなたは影だった。
でも──
次に来るのは“影の本体”)
筆が走る。
「……備える時が来る」
私は静かに笑った。
──悪女は、
影が去った静けさの中で、
次の影を見つめる。
そしてこの日、
**政子は“次の影”を感じ取り、
鎌倉は新たな波へ向けて静かに動き始めた。**




