第7話 銀座で何度も見た“暴走する男”を止めに行く
亀の前の御殿を壊す──。
その噂は、鎌倉中を一瞬で駆け巡った。
「政子様! 本当に行かれるのですか!?」
義時が必死に腕を掴む。
「行くわ。放っておいたら、もっと拗れるもの」
義時は青ざめた。
「鎌倉殿は今……誰の言葉も聞きません!
怒りで我を失っておられるのです!」
(ああ、銀座でもいたわね。
気まずさをごまかすために怒りに逃げるタイプ)
私は静かに義時の手を外した。
「だからこそ、行くのよ」
義時は震えた。
「姉上……あなたは……
鎌倉殿を止められると、本気で……?」
「止めるわよ。
あの人、今はただ“寂しい”だけだもの」
義時は完全に固まった。
(あら、この子また驚いてる)
だが、廊下の侍女たちの反応は違った。
「聞きました!? 政子様、鎌倉殿の心まで読んでおられる……!」
「なんという……恐ろしい……!」
(いや、ただの観察よ……)
私はため息をつき、外へ向かった。
*
亀の前の御殿の前は、すでに騒然としていた。
御家人たちが慌てて走り回り、
侍女たちは泣き、
馬のいななきが響く。
そして、その中心に──
怒りで顔を紅潮させた頼朝がいた。
「この御殿を壊せ!!
すぐにだ!!」
御家人たちは震え上がっている。
(あー……完全に“感情で動いてる男”の顔ね)
私はゆっくりと歩み寄った。
「頼朝さん」
その一言で、場の空気が変わった。
御家人たちが一斉に振り返り、
侍女たちは息を呑み、
義時は頭を抱えた。
頼朝は振り向き、目を見開いた。
「政子……なぜここに……」
「あなたが壊そうとしているものを、見に来たの」
頼朝の眉が跳ね上がる。
「……政子。
これは、お前には関係のない──」
「関係あるわ」
私は静かに言った。
「あなたが後悔する顔、見たくないもの」
頼朝は完全に固まった。
御家人たちがざわめく。
「見たか……政子様、鎌倉殿を黙らせた……!」
「なんという……恐ろしい……!」
(いや、黙らせたんじゃなくて、驚かせただけよ)
頼朝はしばらく黙っていたが、
やがて、低く呟いた。
「……政子。
私は……どうすればいい……?」
その声は、怒りではなく、迷いだった。
(やっぱりね。
この人、怒ってるんじゃなくて“どうしていいかわからない”だけ)
私は一歩近づいた。
「まずは、壊す前に話しましょう。
亀の前さんも、あなたも、誰も悪くないわ」
頼朝は息を呑んだ。
「……政子。
お前は……本当に……」
「何?」
「……不思議な女だ」
(褒め言葉として受け取っておくわ)
その瞬間、義時が小声で呟いた。
「姉上……あなたは……
本当に鎌倉を動かしてしまうお方なのですね……」
(動かしてないわよ。
ただ、暴走する男を止めただけ)
だが、周囲の誤解は止まらない。
「政子様が鎌倉殿を制した……!」
「やはり……恐ろしい……!」
(もう好きに言って……)
私は頼朝に向き直った。
「さあ、行きましょう。
壊す前に、話すべき人がいるわ」
頼朝はゆっくりと頷いた。
そして私は、
**頼朝を連れて亀の前の御殿へ向かった。**
歴史が大きく動く瞬間が、
静かに始まろうとしていた。




