第68話 頼朝、光を選ぶ
行成が崩れ落ちた翌朝。
鎌倉の空気は、張り詰めた静けさに包まれていた。
「鎌倉殿は……どう動かれる……」
「行成殿は敗れたが……朝廷の影は消えていない……」
(そう。
ここからは頼朝さんの心が決める)
侍女が駆け込んできた。
「政子様……!
鎌倉殿が“政子を呼べ”と……!」
私は静かに立ち上がった。
*
──頼朝の館。
頼朝は机に置かれた文を見つめていた。
行成が持ってきた、あの“朝廷の影”。
その横顔には、迷いと怒りと、
そして深い孤独が滲んでいた。
「政子……」
私は静かに膝をついた。
「頼朝さん。
行成殿は、あなたを京へ戻したいだけよ」
頼朝は目を閉じた。
「政子……
私は京に生まれ、京で育った。
朝廷の空気が、私の原点だ」
(ああ……
あなたの最も深い部分)
頼朝は続けた。
「だが京は私を捨てた。
鎌倉が私を拾った。
そして──
お前が隣に立った」
私は静かに言った。
「頼朝さん。
あなたは孤独じゃないわ」
頼朝の目が揺れた。
「政子……
行成は言った。
“政子殿は強すぎる”と。
“あなたを覆い隠している”と」
私は微笑んだ。
「覆い隠してなんていない。
私はただ──
あなたの隣に立っているだけ」
頼朝は深く息を吐いた。
「政子……
私は……
お前に依存しているのか……?」
私は首を振った。
「依存じゃない。
“信頼”よ」
頼朝の目が潤んだ。
「政子……
私は……
お前がいなければ鎌倉を守れぬのではないかと……
恐れていた」
私は静かに言った。
「恐れは弱さじゃない。
“守りたいものがある証”よ」
頼朝は震える声で言った。
「政子……
私は……
お前を選んでいいのか……?」
私は一歩近づいた。
「頼朝さん。
あなたはもう選んでいるわ。
ずっと前から」
頼朝の目が大きく開いた。
そして──
頼朝は立ち上がり、
私の手を強く握った。
「政子。
私は──
お前を選ぶ」
空気が一瞬で変わった。
迷いが消え、影が消え、
頼朝の瞳に“光”が戻った。
「京の影より、
政子の光を選ぶ。
それが……
私の答えだ」
私は静かに頷いた。
「ええ。
それでいいのよ」
頼朝は続けた。
「行成には伝えよ。
“鎌倉は揺れていない”と。
“政子がいる限り、揺れぬ”とな」
(ああ……
これがあなたの決断)
*
──政子の屋敷。
義時が駆け込んできた。
「姉上……!
鎌倉殿は……
“政子を選ぶ”と……!」
私は静かに言った。
「ええ。
頼朝さんは、自分の光を選んだのよ」
義時は震えた。
「姉上……
これで行成殿は……?」
私は微笑んだ。
「京へ戻るわ。
“敗北”を抱えて」
*
──夜。
私は灯りの下で筆を取った。
(行成。
あなたは頼朝さんを揺らした。
でも──
頼朝さんは光を選んだ)
筆が走る。
「……明日、あなたは京へ帰る」
私は静かに笑った。
──悪女は、
光を選ばせる。
そしてこの日、
**頼朝は政子を選んだ。
鎌倉の空気は、揺るぎない光へと変わった。**




