第60話 政子、頼朝の揺れを受け止める
藤原行成が去った後の頼朝の館は、
まるで風の止んだ海のように静かだった。
だが──
その静けさの奥に、
小さな波が揺れているのが分かった。
(頼朝さん……
あなたは“孤独”という言葉に弱い)
侍女が駆け込んできた。
「政子様……
鎌倉殿が……
“政子を呼ぶな”と……」
私は静かに息を吸った。
(ああ……
行成の言葉が刺さったのね)
「ええ。
しばらく放っておきなさい」
侍女は驚いた。
「政子様……
よろしいのですか……?」
私は微笑んだ。
「揺れた心は、
追えば逃げるものよ」
*
──夜。頼朝の館。
私は灯りも持たず、
静かに頼朝の部屋へ向かった。
扉の前で、
頼朝の低い声が聞こえた。
「……政子は……
私を……囲っているのか……?」
(ああ……
行成の言葉がまだ残っている)
私は扉を開けた。
頼朝は驚いた顔をした。
「政子……
呼んでいない」
私は静かに言った。
「呼ばれなくても来るわ。
あなたが揺れているから」
頼朝は目をそらした。
「……行成が言った。
政子は……
私を支えているのではなく……
囲っている、と」
私は近づいた。
「頼朝さん。
あなたは囲われるような人じゃないわ」
頼朝の目が揺れた。
「政子……
私は……
お前に依存しているのか……?」
私は首を振った。
「依存じゃない。
“信頼”よ」
頼朝は息を呑んだ。
私は続けた。
「あなたは私を信じている。
私はあなたを信じている。
それだけのこと」
頼朝は震えた声で言った。
「政子……
私は……
孤独なのか……?」
(ああ……
この言葉。
あなたの一番深いところ)
私はそっと頼朝の手を取った。
「孤独じゃないわ。
あなたの隣には、
いつも私がいる」
頼朝の目が潤んだ。
「政子……
お前は……
強いな……」
私は微笑んだ。
「強くなんてないわ。
ただ──
あなたの揺れを受け止められるだけ」
頼朝は深く息を吐いた。
「政子……
行成の言葉は……
もう気にせぬ」
(ええ。
あなたはもう揺れていない)
私は静かに言った。
「頼朝さん。
行成は“心”を攻めてきた。
でも──
心は、光を当てれば戻る」
頼朝は頷いた。
「政子……
お前が光だ」
(その言葉があれば十分)
*
──政子の屋敷。
義時が駆け込んできた。
「姉上……!
鎌倉殿は……
大丈夫なのですか……?」
私は微笑んだ。
「ええ。
揺れは止まったわ」
義時は息を呑んだ。
「姉上……
あなたは……
鎌倉殿の心まで……
整えてしまうのですね……!」
(整えるんじゃない。
“寄り添う”のよ)
*
──夜。
私は灯りの下で筆を取った。
(行成。
あなたは頼朝さんを揺らした。
でも──
揺れは光で戻る)
筆が走る。
「……次は“行成の心”」
私は静かに笑った。
──悪女は、
揺れた心を静かに抱きしめる。
そしてこの日、
**政子は頼朝の揺れを受け止め、
京の影の“心攻め”を無効化した。**




