第56話 政子、京の影を“もてなす”
藤原行成が鎌倉殿に謁見した翌日。
鎌倉の空気は、
昨日とは違う種類の緊張に包まれていた。
「行成殿は……政子様を危険視しているらしい」
「朝廷は……鎌倉を見下しているのか……?」
「政子様はどう動かれる……?」
(空気が揺れている。
でも──揺れは整えれば“流れ”になる)
侍女が駆け込んできた。
「政子様……!
行成殿が……
“政子殿のもてなしを受けたい”と……!」
私は筆を置いた。
(あら、来たわね。
“接待戦”)
侍女は震えていた。
「政子様……
これは……
行成殿が政子様を探るための……」
私は微笑んだ。
「ええ。
だからこそ──
“もてなす”のよ」
侍女は固まった。
「も、もてなす……?」
「影には、光を当てるのが一番」
*
──政子の屋敷。
行成は、
昨日とは違う柔らかい笑みを浮かべていた。
「政子殿。
昨日は失礼をいたしました。
今日は……
鎌倉の“おもてなし”を味わいたく参りました」
(ああ、この“柔らかさ”。
京の公家が本気で探りを入れる時の空気)
私は静かに言った。
「ようこそ。
鎌倉の粗野なもてなしでよければ」
行成は笑った。
「粗野などと……
政子殿はご謙遜を」
(謙遜じゃないわ。
あなたが勝手に見下しているだけ)
私は席を勧めた。
「どうぞ。
鎌倉の料理は、
京のように繊細ではありませんが」
行成は箸を取り、
一口食べた。
そして──
わずかに眉をひそめた。
(あら、正直ね)
行成は言った。
「……なるほど。
京とは……違いますな」
私は微笑んだ。
「ええ。
“違い”を楽しんでいただければ」
行成は目を細めた。
「政子殿。
あなたは……
“京の空気”を恐れぬのですね」
私は静かに言った。
「恐れる理由がないわ。
空気は読むものではなく、
整えるものだから」
行成の表情が揺れた。
(あなた、昨日からずっと“空気”を使ってくる。
でも──
空気の戦いなら、私は負けない)
行成は探るように言った。
「政子殿。
鎌倉殿は……
あなたを深く信じておられるようだ」
私は微笑んだ。
「ええ。
頼朝さんは、私を“隣”に置いてくれる」
行成の目が鋭くなった。
「隣……ですか」
(そこがあなたの狙いね)
行成は続けた。
「政子殿。
鎌倉殿の“隣”に立つということは──
“鎌倉そのもの”になるということ。
それは……
朝廷にとって脅威です」
私は静かに言った。
「脅威かどうかは、
朝廷が決めることではないわ」
行成は息を呑んだ。
(あなた、京の公家に“言ってはいけない言葉”を
平然と言うのね)
私は続けた。
「行成殿。
あなたは“京の影”。
でも──
影は光に弱い」
行成は初めて、
わずかに後ずさった。
「政子殿……
あなたは……
恐ろしいほど強い」
(それは褒め言葉として受け取るわ)
私は微笑んだ。
「行成殿。
今日は“もてなし”の場。
影の話は、また後で」
行成は黙り込んだ。
(ええ。
あなたは今日、
“鎌倉の空気”を知ったはず)
*
──夜。
私は灯りの下で筆を取った。
(行成。
あなたは京の影。
でも──
影は光に慣れていない)
筆が走る。
「……次は“揺らし返す”」
私は静かに笑った。
──悪女は、
もてなしながら敵を読む。
そしてこの日、
**政子は行成を“接待”しながら、
京の影の本質を見抜いた。**




