第55話 行成、鎌倉殿に謁見す
朝廷の使者・藤原行成が鎌倉へ到着した翌朝。
鎌倉殿・頼朝の館は、
いつもより静かだった。
「京の使者が……」
「鎌倉殿に何を伝えるのか……」
「政子様のことだと聞いたが……」
(ええ、そうよ。
“政子の影”を探りに来たの)
侍女が駆け込んできた。
「政子様……!
行成殿が……
鎌倉殿への謁見を求めております……!」
私は静かに頷いた。
「行かせてあげて。
頼朝さんは……
“京の空気”を嫌うけれど」
侍女は震えた。
「政子様は……
行かれないのですか……?」
私は微笑んだ。
「ええ。
今日は“影の動き”を観察する日よ」
(行成が頼朝さんに何を言うか。
それが第三章の最初の鍵)
*
──頼朝の館。
行成は、
京の公家らしい優雅な所作で頭を下げた。
「鎌倉殿。
朝廷よりの使者、藤原行成にございます」
頼朝は無表情で言った。
「遠路ご苦労。
用件を聞こう」
行成は、
わざとゆっくりと、
周囲に聞こえるように言った。
「──“北条政子、朝廷を軽んじている”」
空気が凍りついた。
頼朝の眉がわずかに動く。
「……政子が?」
行成は続けた。
「政子殿は、
鎌倉殿を操り、
御家人を従え、
鎌倉を北条のものにしようとしている──
そのような噂が、
京にて広まっております」
(ああ、来たわね。
“政子=悪女”の構図)
頼朝は静かに言った。
「噂など……
京ではよくあることだろう」
行成は微笑んだ。
「ええ。
しかし──
“火のないところに煙は立たぬ”とも申します」
頼朝の目が鋭くなった。
「行成。
政子は……
鎌倉の柱だ」
行成は一瞬だけ目を細めた。
(頼朝さん……
あなたの“政子への信頼”は、
京にとって最大の障害なのよ)
行成は言葉を変えた。
「鎌倉殿。
政子殿は確かに賢く、
強く、
そして……
恐ろしいほどの影響力をお持ちです」
頼朝は黙って聞いている。
行成はさらに踏み込んだ。
「しかし──
“政子殿の力は、
どこから来るのか”
朝廷は知りたがっております」
(ああ、やっぱりそこを聞くのね)
頼朝は静かに言った。
「政子の力は……
政子自身のものだ」
行成は首を振った。
「いいえ。
政子殿の背後には……
“何か”がある。
朝廷はそう見ております」
(“何か”じゃないわ。
“空気”よ)
行成はさらに探りを入れる。
「鎌倉殿。
政子殿は……
あなたを操っているのでは?」
頼朝の目が鋭く光った。
「行成。
その言葉、
もう一度言ってみろ」
行成は微笑んだ。
「京では……
そう囁かれております」
頼朝は立ち上がった。
「政子は私を操らぬ。
政子は……
私の“隣”に立つ女だ」
行成の表情がわずかに揺れた。
(頼朝さん……
あなたのその言葉、
京にとっては“脅威”よ)
行成は静かに言った。
「鎌倉殿。
朝廷は……
政子殿を“危険視”しております」
頼朝は冷たく言った。
「危険なのは……
政子ではなく、
“政子を侮る者”だ」
行成は息を呑んだ。
(頼朝さん……
あなた、本当に政子さんが好きね)
*
──政子の屋敷。
義時が駆け込んできた。
「姉上……!
行成殿が……
鎌倉殿に“政子殿は危険”と……!」
私は静かに言った。
「ええ。
そう言うと思っていたわ」
義時は震えた。
「姉上……
これは……
朝廷との戦いの始まりでは……?」
私は微笑んだ。
「義時。
影はね、
“最初の一撃”が一番弱いのよ」
義時は息を呑んだ。
「姉上……
では……
どう動かれます……?」
私は静かに言った。
「行成を“光の場”へ引きずり出すわ」
義時は震えた。
「姉上……
あなたは……
京の影すら……
読んでいるのですね……!」
(読むだけじゃないわ。
“動かす”のよ)
*
──夜。
私は灯りの下で筆を取った。
(行成。
あなたは“京の影”。
でも──
影は光に弱い)
筆が走る。
「……次は“接待”」
私は静かに笑った。
──悪女は、
影を迎える時ほど優雅になる。
そしてこの日、
**藤原行成は頼朝に謁見し、
政子の“影”を探ろうとしたが、
逆に頼朝の“政子への信頼”を見せつけられた。**
京と鎌倉の空気は、
静かにぶつかり始める。




