第53話 京より使者、鎌倉へ
比企能員が敗れた翌朝。
鎌倉は、まるで長い雨が上がった後のように
澄んだ空気に包まれていた。
「政子様が……能員殿を退けた」
「これで鎌倉は安泰だ」
「北条の時代が来る……!」
(……空気が軽い。
でも、軽さは“嵐の前触れ”でもある)
侍女が駆け込んできた。
「政子様……!
京より……
“朝廷の使者”が鎌倉へ向かっているとの報が……!」
私は筆を止めた。
(来たわね。
“外の影”)
侍女は震えていた。
「政子様……
使者は……
“政子様に用がある”と……!」
私は静かに言った。
「ええ、分かっているわ」
侍女は固まった。
「ど、どうして……
そんなに落ち着いて……?」
私は微笑んだ。
「影はね、
“光が強くなった時”に必ず動くのよ」
*
──義時の屋敷。
義時は蒼白な顔で駆け込んできた。
「姉上……!
京よりの使者が……
“政子殿の振る舞い、朝廷に聞こえ及ぶ”と……!」
私は静かに言った。
「ええ。
京は鎌倉の空気に敏感だから」
義時は震えた。
「姉上……
これは……
鎌倉殿への圧力では……?」
私は首を振った。
「違うわ。
“私への圧力”よ」
義時は息を呑んだ。
「政子様……
朝廷が……
あなたを……?」
私は微笑んだ。
「ええ。
“悪女政子”の噂は、
京にとって都合がいいもの」
義時は震えた。
「姉上……
どうされます……?」
私は静かに言った。
「迎えるわ。
“鎌倉の顔”として」
義時は目を見開いた。
「姉上……
あなたは……
もう……
鎌倉殿の隣ではなく……
“鎌倉そのもの”なのですね……!」
(それは言いすぎよ。
でも、悪くないわ)
*
──その頃、鎌倉の外れ。
朝廷の使者一行が、
ゆっくりと鎌倉へ近づいていた。
先頭の男が馬を止めた。
「……ここが鎌倉か。
噂に聞く“北条政子”の地……」
従者が言う。
「殿……
政子殿は恐ろしい策士だと……
京では……」
使者は薄く笑った。
「恐ろしいかどうか……
この目で確かめる」
(あら、あなた。
その“上から目線”、後で後悔するわよ)
*
──政子の屋敷。
私は静かに立ち上がった。
「来たわね。
“京の影”が」
侍女が震えた声で言う。
「政子様……
朝廷の使者は……
どんな方なのでしょう……?」
私は微笑んだ。
「どんな影でも同じよ。
光を当てれば、形が見える」
侍女は息を呑んだ。
「政子様……
では……
どう迎えられます……?」
私は静かに言った。
「“銀座の接客術”でね」
侍女は固まった。
「えっ……?」
私は笑った。
「京の公家なんて、
銀座の酔客より扱いやすいわ」
(本当にそうなのよ)
*
──夜。
私は灯りの下で筆を取った。
(能員の影は消えた。
でも──
京の影はもっと大きい)
私は静かに笑った。
──悪女は、
鎌倉の影を焼き尽くした後、
京の影へ向かう。
そしてこの日、
**朝廷からの使者が鎌倉へ向かい、
政子は新たな戦場へ足を踏み入れた。**




